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「ねえ、ちょっと」 くいっと俺の服が引かれ、 「なによ、あれ。何であんたがあそこに居るの? ここは何処なのよ?」 中学ハルヒは現状況の雰囲気だけは察知しているのか、息を潜めて俺に尋ねてきた。 「ここは……その、なんだ。北校の校門前で、あれは過去の俺だよ」 「過去のあんたは何してんの? あそこで、この長門って人に話しかけてるみたいだけど」 ん……それについては話してる暇が無さそうだな。と考えた俺は、 「とにかく……そろそろ事態は動き出すから、もう少し見守っててくれ」 「でもさ、あたしは何をやればいいの? 見てるだけ?」 ……どうだろう。朝比奈さんは何か知っているだろうか。 「あたしも、その、詳しくは聞いていません。知っているとすれば……」 と言いながら、自分の未来である女性の後姿に不安そうな視線を向けた。 「それと……」朝比奈さんは視線を落として、「……すみません。キョンくんに、何度もこんな場面を見せることになってしまって。そして、それを止めることが出来ないあたしも――」 確かに何度も見たい映像じゃないが、それを言うなら朝比奈さんこそ気の毒だ。単純に考えて俺の倍はこの場面に立ち会わなければならないのだから。 「あ、」 これは誰の声だか分からないが、ここにいる長門のではない。俺かハルヒか、朝比奈さんか。何故この声が漏れ出したのかと言えば、答えは簡単だ。 ――刺された。目の前の『俺』が、朝倉に。 「――キョンくん!」 朝比奈さんが慌てて走り出すと、すぐさま見えない壁にぶつかり「あ……!」っと前回と同じ行動を繰り返した。 「長門さん!」 朝比奈さんのセリフを合図に、俺も走り出す。 ……が、俺の足はすぐさま停止した。 「な……?」 ――長門が展開しているフィールドが、解除されていない。 「ちょっと……。あの女の人、あんたを――」 驚愕の色を隠せないハルヒが、こぼすように呟く。そして校門の前では、朝倉が倒れている『俺』に向かって何かを話している。何か、とは言うものの、その内容を俺は知っているのだが。 「えっ……長門さん!? 何してるんですか! 早くしないと……キョンくんが!」 こうしている間にも朝倉は『俺』へと近づき、ナイフを『俺』に突き立てんとしている。 と、そのとき。沈黙を貫き通していた長門が疾走し、朝倉のナイフを掴みにかかった。 「朝比奈さん! 俺たちも行きましょう!」 残されて呆気に取られている朝比奈さんに呼びかけ俺たちも駆け出し、数瞬遅れの俺たちが現場で見たものは、すんでの位置で朝倉のナイフを素手でホールドした長門の姿であり、朝倉は急に伸びてきた手に戦慄を走らせた後、 「誰!?」 と吃驚し、付近で腰を抜かしている眼鏡の長門はこの光景を目の当たりにすると、 「あ……?」 疑問符付きの小声を出した。その間に朝比奈さん(大、小)は刺された『俺』へとすがりついて、朦朧としている『俺』に話掛けている。この光景……朝比奈さん(大)が言っていたように、刺された俺が見ていたものそのままだ。こうして客観的に見ると、体験したときよりも事の流れが速いように思う。やはり、人は死が近づくと時間を長く感じるのだろうか。 「なぜ!? あなたは……!? どうして……」 と朝倉が叫んだところで、二人の朝比奈さんは、俺の記憶する言葉を『俺』に言い放っていた。 ……そして現在の俺は、この時の朝倉の言葉に続きがあったのを知ることとなる。 「そんな状態に、なっているの……?」 この言葉は朝比奈さんたちの言葉にかき消されて、刺された瞬間の俺には聞こえなかったのだろう。 俺は倒れている『俺』の側に転がる長門銃を拾い上げ、自分に向かって、 「すまねえな。わけあって助けることはできなかったんだ。(分岐点を作るために必要だったとよ)だが気にするな。俺も痛かったさ。(見ているだけで思い出せるね)まあ、後のことは俺たちが何とかする。(ハルヒだっている)いや、どうにかなることはもう分かっているんだ。(この問題を解決したから、あの三日間が生まれているらしい)」 そして俺の姿を死にそうになりながら確認しようとしている『俺』に、 「お前にもすぐ解る。今は寝てろ」 そうして『俺』は死の眠りにつくかのように気絶した。 ……俺の台詞は、思い出しながら復唱しておくまでもなくすらすらと出てきていた。やはり現在の俺の行動が、この日の基点になっているのだろう。 「ひょっとして、死んじゃったの?」 背後からハルヒの声がした。死んでるっぽいが、この俺は幽霊でも何でもないということから、こいつはまだ生きてると断言できるな。 「キョンくん! しっかり……!」 朝比奈さん(小)が『俺』を揺らし、三途の川の橋渡しをしようとしている。だから、あんまり揺らすと死んじゃいますよ? さて。これから俺は、朝倉が消えて世界が修正された前回とは違った結末を迎えなければならない。あの三日間に繋がるようにしなければならないのなら、長門銃――再修正プログラムは使わないのだろうか。 俺は朝倉と長門の姿を確認する。長門が掴んでいる朝倉のナイフはきらめくことなくズルリと抜け出し、朝倉は後方へと飛び退いた。長門はしゃがみ込むと『俺』の傷口に触れ、おそらく治療であろう行為を行った。そして朝倉の方へとにじり寄り、一定の間合いを保って得も知れぬ緊迫感の飛び交う拮抗状態を作り出す。倒れ込む『俺』は上半身を朝比奈さん(大)の膝の上に抱えられ、永眠に似た安眠を惰眠の如く貪っている。変わってもらいたいが、今は朝比奈さんの母性に甘えている場合じゃない。 朝倉、と呼びかけようとしたときだった。 「あんたたち、長門さんに何したのよ……」 愕然とした面持ちを下げた朝倉が、虚ろな長門を瞳に据えたまま言い放った。 「わたし……? なぜ……? どうし……て……」 眼鏡の長門はへたり込んだまま、この混迷した状況を把握出来ずに当惑している。朝倉はその長門の姿を確認すると、激情によりわなないていた蒼髪にフッと冷静さを戻し、 「……そっか。もう関係ないのよね。そこの長門さんがどうなっていたとしても。あなたが、長門さんなのだから」 関係ないわけがない。今の長門は長門であって長門じゃないが、そこの眼鏡姿の長門も……長門じゃないんだよ。 長門銃を片手に歩を進めた俺が朝倉に向かって話すと、血の付いたアーミーナイフを持ったそいつは秀麗な笑顔を作りながら、 「この子が長門さんなの」 すっと横へ歩き出す。俺の長門は右足を半歩前に出して距離を詰めようとするが、朝倉はそんな所作を気にもかけない。 「じゃあ聞くけど、あなたの言う長門さんって何? ここにいる、長門さんが望んだ姿の彼女が長門さんじゃないなんて、何を根拠にそう言えるのかしら」 「……長門が自分を作り変えた、ってのが根拠だろう」 俺は続ける。 「俺たちと一緒に過ごしてきた長門が長門だ。そして長門はさっき、そんな今までを消し去って別の長門に変わっちまったんだ。だから……ここにいる長門は、長門じゃない」 言いながら、不安そうな顔を眼鏡の下に貼り付けている長門を見て申しわけなく思っていると、 「どうして?」 朝倉は笑顔を崩さないまま、 「長門さんが望んだ自分の姿である彼女こそが、本当の長門さんじゃないの? あなたがこの長門さんを否定するのは、つまり長門さんの願望を押さえつけているのと変わらないわ」 「違う。人が変わるときってのはもっと別にある。こんな方法じゃありえない。これじゃ、何も変わってないのと一緒だ」 朝倉は一瞬呆けた顔を浮かべたが、すぐにまた余裕のある笑顔へと戻し、 「どういうことかしら」 俺は怯えている眼鏡の長門を一瞥し、朝倉に視線を戻すと、 「……俺はこの日があったから、自分の気持ちに気付いて変わることが出来た。それは俺が一人で過ごしていたら、気付かなかったことだと思う。人が変われるのは、そいつの側に人が居て、そして自分を自分で受け入れることが出来たときなんだ。自分を無理に変えちまうってのは間違いで、変わりたいなら、まずは自分のことを知らなけりゃならないんだ」 「自分のことって?」と聞く朝倉に、 「長門の場合はエラーだのバグだのと言っている部分がそうだな。それはこいつの感情なんだよ。その正体に自分で気付けなかったから、そして、俺もその大きさに気付かなかったから……長門は、世界を変えちまったんだよ」 ふふ――。朝倉は不意にくすぐられたかのような笑いを出し、その姿を見て疑問符を浮かべている俺に整然と、 「それは間違い。感情? そんなの、長門さんは持っていないのよ。長門さんが何を思ってこの姿に自分を変えたのか、あなたに分かる?」 う……。猛烈に否定したいことを言っているが、後半の部分には閉口せざるを得ない。……それを、俺はコイツに尋ねに来たんだ。朝倉は少し顔をしかめている俺に優しく諭すように、 「長門さんが今日の行動を止められなかったのには理由がある。それは、起こす理由があったから。だから彼女は世界を改変したの。その理由っていうのは単純。長門さんは人間になってみたかったのよ。でもそれは彼女の望みを叶えるためのもので、長門さんの望みは他にあるの」 朝倉は俺の長門のほうへと体を向け、俺のことなどまるで見向きもしないように、 「長門さんはね、『心』が欲しかったの。どうしてそんなものを彼女が欲しがったのかといえば……それは、あなたたちが原因」 立ちつくす俺や、大人の朝比奈さんをくるっと見回して、 「クリスマスなんていう記念日に浮かれるあなたたちを見て、長門さんは思った。わたしは、彼らのようにその日を楽しめるのだろうか、今、わたしは楽しいのだろうか。なんてことをね。そしてクリスマスという日の持つ意味が、長門さんを世界の改変へと走らせた」 「クリスマスの……意味だって?」 俺が言葉を出すと朝倉は穏やかに、 「人にとってクリスマスは、神様が人間の子として生まれ出たことを祝うとされている日。この国では、サンタクロースがプレゼントを与えてくれる日でもある。そこで長門さんは思ったの」 不意に朝倉の双眸は俺へと向けられ、俺の瞳を見つめながら……こう呟いた。 『わたしは……『心』が欲しい。その心というものが有機的な活動によって与えられるのならば、わたしは……人間になりたい』 長門の『望み』らしい言葉を言い終えると、軽い溜息を吐くように肩の力を抜き、 「だけどね、『人』になりたいと願った人外の存在が辿る顛末っていうのは、大抵相場が決まっているものなのよ。そして長門さんもその例に漏れなかった。つまり……」 一瞬。朝倉の姿が消失し、次に眼鏡の長門の背後へとふわりと登場したかと思えば、座り込んでいる長門の首元に両腕をまわし、後から抱きついた格好のまま、 「この子のように夢が叶い人間になるか……あなたが連れてきたそこの人形のように、壊れちゃうってこと」 「……ぐ」 それは違う――と言いたいところだが、異議となる言葉が出てこない。 ――くそ、なんて皮肉だ。そういう系統の物語のオチは確かにそういった末路を辿ることが多い。だが、どっちの結末を取ったとしても、長門にとっては―― 「わ……たし……? なんのこと……」 ふるふると小刻みに震える手を自分にからむ朝倉の両手に添え、背後へと向き返す眼鏡の長門。朝倉は長門の頬をスッと撫でつけ、 「あなたは、人の『感情』に魅せられてしまったのね。だけど人間の世界は、優しいあなたが生きるのには適していない。でも安心して? あなたはわたしが守ってあげる。願いを聞いてくれるサンタクロースなんてものがいない代わりに、わたしが長門さんの願いを叶えてあげるから」 「……どういうことだ」 朝倉は軽く目を閉じるとスッと立ち上がり、 「長門さんが欲しいと願う『感情』っていうものは、有機生命体がその脆い身体を守るために、進化の過程で形成されてきたプログラムだと思念体は捉えてる。自分にとって有益なものを選び、害をなすものは忌避するといった行動を取らせるためのね。一言でいえば、『死』を回避するプログラムってところなのかな。情報生命体である思念体には死の概念がないから、わたしたちはそんなものを持っていなかった」 眼鏡の長門を哀愁の目で見下ろしながらそう話すと、俺へと視線を戻し「そしてね、」と続けて、 「長門さん以外のわたしたちインターフェイスは、人類との相互理解の方策を打ち立てるために、涼宮ハルヒの能力発現から間もなく人間社会に溶け込んだの。そこでわたしは色んなものを知ったわ。人間の性質の特異性や、他の有機生命体との相違点。それらの情報を多様に組み上げながら、わたしは人間という存在に対応していった。そして長門さんは、それらがないままに涼宮ハルヒやあなたたちへと接触してしまったの。本来なら観察の役割しか持たなかった彼女が、あなたたちに触れられてエラーを起こすようになった。――そして今日、長門さんは世界を改変するに至ったの。それは自分の身の上に不満を持っているようなあんたに、元の世界がいいか、この長門さんが人間として生きる……あんたにとっての常識的な世界が良いかを選ばせるためでもあり、人間になった自分をあんたに見てもらうためでもあった。そしてあんたは、元の世界を選んだのよね」 「……ああ。その判断は間違っちゃいなかったと思うぜ。ただ、長門の望みを聞いてやれなかったのは最低だった。だから俺は長門のために、またここにやってきたんだ」 そう。と朝倉は興味がなさそうに言い、 「わたしは長門さんのために、彼女が人間に抱いた幻想を……現実のものにしてあげるわ。彼女を脅かす人間を消去して、この人間になった長門さんが笑顔で生きていけるための世界を作るつもり。それが、あたしから長門さんへの――」 ……恐らく朝倉はこの後、クリスマスプレゼント、と続けるつもりだったのだろうが、他のヤツが言葉をはさんだおかげで言うことが出来なかった。どんな台詞が飛んできたかといえば、 「バッカみたい」 これを言ったのはもちろんハルヒだ。ハルヒは自分より年上であるはずの女に向かって、 「あんた賢そうな顔してるけど、てんで分かっちゃいないわ。あたし思うんだけど、機械や人形や動物なんかが人間になりたいっていうとき、なんで自分の体を人間にするために行動するの? そりゃあ体も精神に影響するんだろうけどさ、心の結びつきを考えると、人か動物かなんていう違いってのは男か女かって程度の意味しかないはずなのよ。だからあたしは、動物が人間になりたがるのはとても動物的だと思うけど、逆にね、それが自分自身をちゃんと理解して、自分らしく人間と接している姿には、たとえそいつが何であろうと、あたしはそれにひどく人間味を感じるの。大事なのは中身なのよ。人間の体してたって人間じゃないような奴なんて沢山いる。結局体なんてね、自分という存在の入れ物にしか過ぎないってこと。この長門って人が宇宙人なら、それをネタにして人間と笑い話でもしてればいいじゃない。宇宙人だってのが気になるっていうんなら、相手はそんなの気にすることないって教えてあげればいい。宇宙人だろうが人間だろうが、その人たちの本質的な関係には何の意味もないんだから。それに……」 少し朝倉の姿を視認するような間を空け、確認が終わると、 「あんたも宇宙人なんでしょ? じゃあ、この長門って人も『心』を持てるはずよ。だって、あんたはこの人が心配で、この人のために動いてるじゃない。それって、『心』がないと出来ないことだから。あんたが『心』を持っているんなら、この人も……」 ――と、今度は朝倉がハルヒの言葉の終わらぬうちに、 「そうね。確かにわたしには『心』があるのかもしれない。でもね、あなたが正しいのはそれだけ。他は間違ってるわ」 ハルヒは片方の眉をピクリと吊り上げ、朝倉は不敵な笑みで、 「知ってる? 有機生命体独自の『心』っていうシステムの中でも、人間のそれは特殊なの。一言で言うなら、ウイルスと同じ。わたしに『心』が生まれたのは、人間同士のネットワークに繋がったことによって『心』が伝染したからに他ならないわ。そして長門さんは優秀な端末であるがために、そんなウイルスじみた『心』なんてものを持たなくて済んでいるの。長門さんが人の心を持ちたいのなら、人間になるしかないのよ。そして人間の『心』から生まれる感情の喜怒哀楽っていうのはね、人が社会に組み込まれたときを境に変質しちゃうの。それがどういうことなのか……わたしが教えてあげる」 朝倉はナイフをくるくる回し、その自分の手元に目線をやったまま、 「――人間は、何も知らない子供の頃には自分の周りがとても輝いて見える。世の中は何て素晴しいんだろうって、自分の周囲と人の綺麗な部分しか見えていない人間は思いさえするわ。だけど人が世界を知ったとき、自分という絶対的な存在が、人間社会の中で相対的なものへと変容したときに……その人が見ている世界は一変するの」 ハルヒは一瞬身じろぎし、苦い顔を呈した。そんなハルヒの姿を見て……俺はいつかのハルヒの野球観戦の話と、それに伴うハルヒの憂鬱な表情を想起した。 朝倉はチャッとナイフの柄を掴むと、 「他人の幸せと自分の幸せを見比べて、やがて、自分の幸せはとてもちっぽけなものだと感じるようになる。そして妬む。自分の存在や取り巻くものに不満を覚え、何故自分は……といった怒りを表すようになるのよ。そしてそんな自分を哀れみ、悲しみの中に身をおく。そして最後には……世界が、自分にとって全く楽しいものではなくなってしまうの。……そうね、涼宮ハルヒ。これをもとに、わたしがあなたの未来を予言してみようか」 シュッ、と血のついたナイフの切っ先をハルヒに向けて、 「世界に憂鬱を覚えたあなたは溜息をつくかわりに、そんな退屈な日常を変えるため、消失してしまった喜びを探すために暴走を始める。そしていつまでたっても何処まで走っても『それ』がみつからないことにあなたは次第に動揺を覚え始め、それが誰かの陰謀であることにも気付くことなく、行き場のない感情を抑えきれなくなって憤慨するの。それでもあなたは走り続ける。だけど、それは逃げるという行動に変わって、やがて分裂した道、二つの行き先へと辿り着くことになる。フフ。残念ながら、あなたがそれからどっちへ行くのかは解らないわ。だってさ……」 朝倉はナイフの背を肩にトントンと当てながら……冷めた声で、こう言い放った。 「――着いた先が天国か地獄かなんて、死んでみなければ分からないのだから」 ……ハルヒは面食らったように声を出さず、そのまま、一向に二の句を継げずにいた。そんなハルヒを見て俺は、何も言い返せない自分が……腹立たしかった。 俺とハルヒが押し黙っている――そのときだった。 「――違いますっ!」 この目一杯の否定の意味を込めた声を、俺は聞いたことがある。それは喫茶店で藤原の話を聞いていたときに、俺の朝比奈さんが放った言葉だ。つまり静まり返った俺たちのなかで、この渾身の否定句を飛ばしたのは朝比奈さん(小)だった。 「……あら、小さい未来人もいたの? 何が違うのかしら。教えて欲しいところね」 そういえば、朝比奈さん(小)の姿は朝倉には見えてないのか。俺から見える小さな朝比奈さんは視線を地面に落とし、 「……人は、やがて死にます。だけど涼宮さんは、それを逃げ道になんて絶対にしません! だって……」 そして朝倉を意気のこもった目で見据え……、 「涼宮さんの未来には、キョンくん……そして、SOS団のみんなが待っているから!」 ……どうやら、こちらの預言者の方が一枚上手だったようだな。気持ちいい位にナイスな啖呵だ。さぞかし朝倉も表情を歪ませて――、 と思ったがしかし、当の朝倉は呆れ返ったような風体で、 「何言ってるのよ。その涼宮ハルヒの作ったSOS団こそが現実逃避の最たるものじゃない。あの涼宮ハルヒもやがて気付くわ。自分の行動の虚しさに、そして自分が……いつも独りだったってことにね。その事実を知って驚愕することになるのは、自分勝手な彼女が受ける当然の報いよ」 朝倉は視認できない朝比奈さん(小)の代わりに大人の朝比奈さんを見つめ、 「あなたにとって涼宮ハルヒはどんな存在なの? あなたの未来は、彼女をいいように利用しているだけじゃない。情報統合思念体はね、彼女を進化の可能性の一つとしか捉えていないわ。そして機関とかいう人間たちも、常に他者の前では仮面をかぶり、自らを晒そうとはしない。涼宮ハルヒに限らず、それぞれが結局は自分のため、己のエゴによって行動しているのに過ぎないの。SOS団とかいう集団こそ、涼宮ハルヒを独りにしている原因なんじゃないかしら」 俺の朝比奈さんまでもグッと言葉をなくし、俺は目を細め、ハルヒは朝倉をキッとにらみつけ、長門は虚ろな瞳、朝比奈さんは震える眼で……目前で嗤う女の姿を捉えていた。朝倉は血みどろのナイフをスッと降ろすと、 「でも安心して。それは人として当然の動きなのだから。フフ。わたしが見てきた人間の正体を教えてあげよっか」 誰も答えることなど出来ずにいると、もとより返事など求めていなかったように朝倉は喋り出し、 「……他者と交わることによって歪んでしまった人間の感情はね、自分の中だけに向けられているときはまだいいの。だけど、それが他者に向けられたとき、人は自身の向上を忘れ、他人の評価を下げることによって自らを成立させようとする。人の失脚や誤ちに幸福を感じ、自分と違うもの、自分より優れたものを排除しようとする。人が他人のために悲しむのもね、結局は自分に不利益があるからなのよ。そして人は自身が楽をするために同じ人間である他人を利用し、その利益を搾取する。そんな『他』との関わり合いこそ、人間がここまで進化してきた理由」 このとき既に笑顔は消え、愛想をつかした者を見るような卑下した目線で……朝倉は語り出した。 「情報統合思念体は涼宮ハルヒという人間に進化の可能性を感じたのだけど、それは間違いだった。だって現状の人間の進化なんてさ、さっきわたしが言ったように、優秀な存在を残すはずの『淘汰』という現象が、現存するものを食いつぶすだけの行為に変わってしまったものなのだから。つまり、既に人間の進化も頭打ちなのよ。後は、自分たちが堕ちていくことに気付かぬまま身内同士潰しあっていくだけ。それに涼宮ハルヒの情報創造能力だって、現実を認めることが出来ない駄々っ子が創出した……とても幼稚な力。その程度の存在でしかない涼宮ハルヒになんて、情報統合思念体を進化たらしめるヒントなんてあるわけない。いえ、最初から思念体には、自律進化の閉塞状況を打破する方法なんてなかったんだわ。意思統一が不完全な情報生命体の集合であるわたしたち……いえ、彼等には、人間と同じように滅びの道しか残されていなかったの。それを考えてもね、長門さんが世界を作り変えたのは正解だった。元の矛盾だらけの偽りの世界より、長門さんの修正した世界のほうがずっと真実に近いから。でも、真実は常に正しい者に寛容というわけではないのも確か。むしろ、正しい行いをする者こそ馬鹿を見るような世の中なのよ。わたしは長門さんの世界から……そういった、人を笑いながら踏みにじるようなヤツを排除する。この世の悲しみを全部消せば、みんながみんな笑える世界になるはずなの。ねえ、あんたもそうだと思わない? だから、それは必要ないの」 朝倉はそう言うと片手を空にかざし――空気を、掴み取るとるような動作を始めた。 ……待て。これは……、長門が世界を変えたときの――。 「――まさか、そんな……」 小さい朝比奈さんが凍りつく。そして俺の手に握られていた長門銃は微小な光の粒へと姿を変えサラサラと消失していき、現在俺たちが置かれている状況を不穏に示唆していた。 ――まるっきり頭になかった。この世界も時間平面で出来ているなら、ハルヒの情報創造能力もどこかに存在するはずなんだ。 そしてその能力は、ハルヒにも、長門にも備わっていない。とすると、その能力の行き先は…………朝倉。あいつに……。 つまり朝倉は、ハルヒの能力でこの長門が作り変えた世界をさらに改竄するつもりだったんだ。この世界から悪人を消す――気の弱い眼鏡の長門が、他の奴らから傷つけられないために。 「フフ。何といっても、やっぱりこの能力には驚かされるな。その長門さんがまるで障害じゃないもの」 朝倉は勝ちを確信したような声調で、 「そこの『人形』の情報統合思念体との接続と、端末が有する情報操作能力もキャンセルさせて貰ったわ。つまり、もうあなたたちに切り札は残されていない。……わたしは今から、この情報創造能力で世界を整理する。誰もがみな平等で、孤独など存在しない世の中を作るために。わたしは長門さんのためにこれを行うのだけど、あんたらにとっても欣快にすべきことなのよ? 一人では決して生きていけない人間が、他者を食い物にすることなく歩んでいけるようになるのだから。それこそが人と人との繋がり方で、最も正しい――」 「――違う!」 俺の叫びに、朝倉は虚をつかれたように笑みを消した。 「……自分にとって要らないもんを消し去って、都合のいい世界を作るなんてのは絶対に間違ってる。それで良いわけがないんだ!」 当たり前だ。自分のエゴを人に押し付けるヤツは最低だが、そいつを消すなんてのも個人のエゴによる行動でしかない。例えそんな風に平和な世界を作ったとして……長門が、本気で笑顔になれるはずもない。誰だってそうだ。何故ならな、それこそ偽りの、嘘で塗り固められた土台に立つ、虚しいだけの世界でしかないからだ。 「じゃあ、」朝倉は冷ややかな視線で、「あんたは人間の関係をどう思ってるの? 弱者が強者に蹂躙されるのは仕方のないこと? 隙のある奴が悪くて、それを付けねらうのは当然? 小さい輪のなかで互いに傷を舐めあい、意味のない肯定を交わすのが弱者の生き方? あのね、人は誰しも心に壁を作っているのよ。それは、他者の侵入を許さないため。脆い自分を守るため。口ではどんなに仲間意識を語ってもね、絶対的に人間は孤独なの。だからわたしは、人が壁を作らなくてもいい世界を創造する。心の侵犯者を排除すれば、心に壁なんて必要なくなるわ。だって、世界に自分を傷つける者などいないのだから。そうなれば、みんな自分から外へと歩きだす。そして健やかな心を持つ人間がこの世界を調律していくのよ。歪んだ人間の感情なんて自身の進化においてはじゃまっけなノイズでしかない。自律進化を阻害する粗悪な遮蔽物でしかないの」 「……確かに、歪んじまった人間はいるさ。けどな、そんな奴らのために、歪んだ心を直すために、人は一人じゃないんだ」 俺は朝倉の整った顔に苛立ちを見出したが、構わず、 「足を引っ張り合うだけが人間じゃない。人が人と寄り添うのは、感情が後ろ向きになっていること、進むのをやめちまって立ち止まってることをそいつに気付かせるため、そして自分が気付くためなんだ! そうやって前を向き合って、互いに自分の道を歩いていくのが人間の繋がり方なんだよ! ――そしてハルヒ。俺は、お前に言っておきたいことがある」 幼いハルヒは哀切のこもる顔をなだらか俺へと向け、俺は朝倉を見やったまま、 「俺の知ってるハルヒは、いつも高らかに笑ってる奴なんだ。だからお前が他人の幸せを妬むようなとき、俺はそんなのは違うと叱ってやる。自分の存在がちっぽけに思えたときは、俺の中で、ハルヒというやつの存在がどれほど大きいものなのか教えてやる! そしてもしも世界が、お前の目にはツマラナイもののように映るんなら……」 ――俺は、お前が俺にそうしてくれたように……、 「俺がお前の世界を大いに盛り上げてやる!」 そして俺は眼鏡の長門を見て、 「長門。俺がこの世界が楽しいと言えるようになったのは、この日……お前のお陰なんだ。だから俺は……俺たちSOS団は、元の世界を、長門が泣いたり笑ったり、不満だって言えるような世界に変えていく。けどな、それは俺の親友の言葉を借りるなら、価値観の変容によるものだ。お前はもっと笑っていい。泣いていいんだよ。そうするために必要な、立派な心がお前にはある。――お前はただ、感情の出し方を知らないだけなんだから」 「……わたし、が――?」 眼鏡の長門は戸惑いを隠せず、震える声で小さく呟く。 ……気付いてくれ、長門。お前は、お前のままでいいってことに。 「長門。俺は、元のお前に戻って欲しい。長門は長門じゃなきゃダメなんだ。だから――」 「――ふざけたこと言わないで!」 逆上したような声を張り上げ、今までとは打って変わり怒りをあらわにした朝倉は、 「今まで自分たちの行動がどれだけ長門さんを傷つけていたかも知らなかったくせに、都合の良いことばかり彼女に吹きこむんじゃないわよ! そうやってまた長門さんを苦しめるつもり? わたしはそんなの許さない! ……そろそろ気付きなさいよ。あんたはそうやって長門さんを悩ましてるだけなの! 堕落した人間の馴れ合いなんか、彼女に求めないで……!」 激しい感情をぶつける朝倉に眼鏡の長門はびくりと体を強張らせ、朝倉の辛辣な言葉に俺もたじろぐ。 すると朝倉はまるで原発がメルトダウンを起こしたときのように急に静まり返り、体を少しずつ前へと進めながら話し出した。 「――そうよ。こうなったのも、全てあんたらが原因なの。あんたは長門さんを傷つける。死ねばいいんだわ。でも……」 ザッと足を踏み鳴らし停止した朝倉の体はハルヒへと向けられ、 「すべての始まりはあなたなのよね。あなたこそ死ぬべきよ。あんたが長門さんを傷つけるより先に、わたしがあんたに『死』と痛みを与えてあげるわ。涼宮ハルヒ、それがあなたへのクリスマスプレゼント。最初で最後のね。しっかり受け取って頂戴――」 朝倉はナイフを腰元に構えると、滑空するようにハルヒの元へと飛びかかる――! 「……ハルヒ! やめ――」走り出そうとした俺に急激な頭痛が襲来し、「う………」と堪らずよろめいた俺は片手を額に当てて停止した。 ――なんだ……!? 頭の中に、聞き覚えのある女の声が響きわたる――。これは、喜緑さん…………? 「な………」「あ………」 中学ハルヒと眼鏡長門は朝倉の突然なる凶行に、長門は文字通り腰を抜かしたまま、ハルヒは身じろぎ一つ出来ないで凍り付いてしまっている。くそ、このままじゃ……。 だが次第に俺の頭痛も激しさを増し、それに伴い喜緑さんの声が言葉となって明確になっていく――。 『パーソナルネーム『長門有希』へのアクセス要望を確認。自動解凍処理プログラム起動。制限解除コード解凍完了。解除コード××××。同期可能な状態への復帰を確認。当該対象への同期を開始します――』 「――ぐ。一体、何が起きて…………」 いや……。待て……。微かに他の声も聞こえる……? これは……アイツの――――。 そして俺の目の前で、朝倉は――――。 ノンタイトル・サード
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涼宮ハルヒの追憶 chapter.6 ――age 16 ハルヒは気付いていた。 でも、それを言ったらSOS団はなくなってしまうかもしれない。 そしたら、ハルヒ自身が楽しいことは行えなくなってしまう。 ハルヒはそれにも気付いていた。 そもそも、ハルヒの鋭さからいったら気付かないほうがおかしいんだ。 長門は知っていたのだろうか。 朝比奈さんも知っていたのかもしれない。 古泉だって本当は分かっていたのかもしれない。 そう、俺だけが気付いていなかった。 のんべんだらりと日々を過ごし、SOS団にそれとなく参加する。 それの繰り返し。 俺は何をしていたんだ? いいんだよな俺は? 傍観者でいていいんだよな? その夜、そんなことをベッドに入り考えた。 あまりに色々なことがありすぎて、落ち着くことができず、寝たのは明け方だった。 学校へと向かう上り坂。 最近の不眠の影響は俺の肩を上から押さえつけた。 俺の体調は最悪を超えて、すでに限界を迎えていた。 いつ倒れてもおかしくない、本当だったら一日中寝ていたいぐらいだ。 だが、家に寝ていることが一番の苦痛だってことは俺は分かっていた。 それは、俺の望む傍観者なのかもしれない。 でも、それでは一向にこの問題は解決せず、俺の目の前をちらつくんだ。 俺にはこんだけの経験を踏んで分かったことがある。 今回の事件は俺が解決することはおそらく不可能だ。 そんな俺が唯一できること。 それは、あの部室でみんなが帰ってくることを待つことだ。 そして、思いを馳せればいい。 みんなの苦しみを少しでも感じていたいんだ。 その思いの通り、俺は放課後部室へ向かった。 夕方の部室に哀愁を感じながら、パイプ椅子を取り出して、どっと座り込んだ。 後ろに飾ってある朝比奈さんの衣装達。 デフォルトのメイドさんに、映画祭の時のウェイトレス衣装や呼び込み用のカエルスーツ、 野球に出たときのナース服。 どれもすでに必要の無いものとなっていた。 その気持ちはあの時の公園に似ていた。 長門の指定席は空席のままで、目の前にはハンサムスマイル野郎もいない。 団長様も椅子にふんぞり返ってはいなかった。 でも、俺は待たないといけないんだ。 そのまま、俺は一時間ぐらいSOS団の思い出をめくっていた。 少しうつらうつらきていた頃、部室のドアが音を立てて開けられた。 ビクッと身体を震わせ、ドアの方を見た。 「ハルヒ……」 そこにはハルヒが真剣な顔をして立っていた。 春だというのに顔は汗ばんでいて、髪が顔に張り付いていた。 「キョン! 古泉君が……」 そこまで言うと、ハルヒはその場に崩れた。 古泉、お前は大丈夫だよな? どうしたんだよ? 「ハルヒ!」 俺はハルヒに急いで近寄り、ハルヒの肩をつかんだ。 「どうしたんだ! 古泉がどうしたんだよ?」 「古泉君が、怪我で、分かんないけど大怪我で病院に運ばれたって」 予想が当たってしまった。 「死ぬわけじゃないんだろ? どこの病院だ!」 「前にキョンが入院してた病院よ」 ハルヒはやけに小声で話した。 「いくぞハルヒ! 古泉のとこに行ってやらないと!」 「行きたくない」 「え?」 「行きたくない」 「なに言ってんだ! 古泉を見舞いに行かなくていいのかよ!」 「じゃあ、手つないで?」 ハルヒはうつむいたまま、俺に顔を見せようとしない。 「分かった。俺の手ぐらい貸してやる、だから古泉のところにいこう。 俺達以外の最後のSOS団団員なんだ。見守るのは団長の役目だったんじゃなかったのか?」 「うん」 「ほら、手を貸せよ」 そう言って、俺はハルヒの手を力強く引っ張った。 ハルヒの手はとても冷たかった。 「ちょっと、痛い! 強く引っ張りすぎよ!」 ハルヒは立ち上がると、俺に精一杯の笑顔を見せた。 「まったく、キョンのくせに生意気よ! 団長様が手をつないでやろうっていうのに、どういう考えなのかしら!」 と、ハルヒは笑顔から怒り顔にフェイスチェンジした。 「古泉君をお見舞いするわよ! 早く!」 そう言うとハルヒは突然走り出した。 そして、ハルヒは振り返って心からの笑顔で――そういう風に見えた――俺の手を引っ張った。 「待てよ、急に何なんだ! さっきのはなんだったんだよ」 「どうでもいいでしょそんなこと!」 そうして俺達は学校を出た。 俺とハルヒは手を繋いだまま古泉の待つ病院へと向かっている。 ひたすら無言で、春だっていうのに手が汗ばんでいた。 どこか気恥ずかしくて、手を離してしまいたがったが、 俺には手を繋いで欲しいと言ったハルヒの気持ちも少しだけ分かった。 ハルヒは怖いのだ。今、ハルヒははっきりではないが自分の能力に気付いている。 長門も朝比奈さんも消えてしまっていた(ハルヒにとっては転校と、嫌われた)。 それを自分のせいだと思っている。 そして、今回の古泉も自分が悪いんじゃないかと思っているのだろう。 不可抗力なのはハルヒも分かっているはずだ。 でも、それでも、責任を感じてしまっているのだろうか? 俺はそんなハルヒの冷たい手を温めているのが少しだけ誇らしかった。 俺は繋いでいる俺の左手を通して、ハルヒにかかる苦しさと寂しさが少しでも伝わって欲しかった。 「ねえ、キョン?」 ハルヒは俺を見つめてきた。 「なんだ?」 「古泉君は大丈夫よね? いなくなったりしないわよね?」 「不吉なことを考えんな、古泉なら大丈夫だ」 「そうよね」 そうだよ。それに、そんな暗い顔はお前には似合わねーんだよ。 どうすれば、元のハルヒに戻ってくれるんだ? 「ハルヒ、顔が暗いぞ、お前らしくもない」 「暗くなんかないわよ!」 ハルヒはムスッとした後、そのままうつむいたまま歩き続けた。 痛い。苦しい。 ハルヒは明らかに無理をしていて、それは鈍感な俺でも分かるほどだ。 「大丈夫だ」 俺が言うと、ハルヒは返事もせず黙って歩き続けた。 ハルヒは俺の手を強く握った。 病院に到着すると、俺は受付で看護婦さんに古泉のことを聞いた。 怪我は主に左足の大腿骨骨幹部(膝から上の太い骨)骨折で、 高所からの転落や高速度での自動車事故が原因で起こる重大な損傷らしい (らしいというのも、看護婦さんも原因がわからないみたいだ)。 その他にも踵骨(かかとのことだ)にヒビが入り、靭帯も損傷しているみたいだ。 運良く血管や神経の損傷は免れたみたいで後遺症が残ることはないらしい。 骨の位置を直す緊急手術はすでに行われていて、 この後は歩行のためのリハビリテーションが始まるらしい。 まあ、つまり、命に別状はなかったわけだ。 「よかった、古泉君なら大丈夫だと思ってたわ!」 ハルヒはほっと胸を撫で下ろし、やっと笑みを見せた。 「さっきまで暗い顔してたのはどこのどいつだ。 言っただろう、古泉なら大丈夫だって」 「バカキョンに言われたくないわ!」 ハルヒは満面の笑みで俺の手を引っ張った。 「行きましょう! 古泉君が待ってるわ!」 「まったく、お前は調子がいいな」 よかったよ。ハルヒが笑顔になって。 「やれやれ」 俺とハルヒは急いで古泉の寝ている病室に向かった。 「ハルヒ、すまんがもう手は離してくれないか?」 そう俺達はここまでずっと繋いだままだった。 「分かってるわよ! キョンが寂しそうだったから繋いであげていたのに! こっちの気持ちも考えて欲しいものね」 ハルヒは手を腰に当て病院だというのに怒鳴り散らした。 逆だろとは言わないでおこう。あとが怖そうだ。 看護婦さんから聞いた病室は俺がかつてお世話になったところだった。 無駄に広い病室でハルヒが一緒に寝泊りしてくれていたんだっけな。 ノックしてドアを開けた。 「古泉入るぞー」 俺はできるだけの笑顔で病室に入った。古泉の真似だ。 古泉はベットに横たわっていた。 いつもの如才のない笑みはなく、ただぼんやりと天井を見上げていた。 病室は簡素なもので、ベッドと小さなテーブルがあった。 階は最上階で、風の通りもよかった。 部屋の雰囲気は長門のそれと似ていて、無機質に感じられた。 「おい、古泉! 人が来たのになにぼーっとしてんだ!」 古泉はこちらを見ると、 「あ、お二人とも無事でしたか。よかった」 と言って、困ったような笑みを見せた。 「なにが無事でしたかだ、お前のが無事じゃねえだろうが」 「そうでしたね。当分動けそうにはありません」 「古泉君、安心して、副団長の座は帰ってくるまで誰にも明け渡さないから」 これがハルヒなりの最高の気遣いなのかもな。 「それはありがたいことです」 古泉はハルヒに微笑みかけた。ハルヒはそれに応じた。 だが、古泉の笑顔はいつもと違い、引きつっているように見えた。 「高いところから落ちたんだってな。受付の看護婦さんから聞いたよ。 『子供とホモは高いところが好き』って言うのは本当だったんだな。 都市伝説かと思っていたんだが」 重い空気を変えようとできるだけ鉄板ネタから入ることにした。 「ホモは余計です。僕は同性愛者ではありませんよ。 純粋に女性のことが好きです」 「古泉の女性の趣味って気になるな」 と俺は気にもならないことを言った。 でも、沈黙のままでいるのは苦しすぎた。 「女性の趣味ですか。そうですねえ、涼宮さんみたいな人ですかね」 「と、突然何を言い出すんだ! いるんだぞハルヒはここに!」 「みたいな人といっただけで涼宮さんではありませんよ」 古泉は少し困ったような表情を浮かべた。 「そ、そうよ! 団員同士の恋愛は硬く禁じられているのよ!」 ハルヒは腕を組みながら、顔をあさっての方向に向けて言った。 というか、なんだその反応はハルヒに恥ずかしいなんて感情あったのか? そんなことを思っていると、古泉が俺を真っすぐ見据えていることに気付いた。 「ん、どうした?」 「いえ、なんでもありません。それはそうと、涼宮さん。 一階に行ってジュースを買ってきてくれませんか? 団長に頼むのも悪いのですが、お願いします」 「えー、なんで? キョンに行かせればいいじゃん。 雑用係はキョンって決まってるのよ?」 古泉は俺と二人で話したがってる。 おそらくハルヒには話せないことなんだろう。 古泉がハルヒにお願いすることなんてありえないし、 それに古泉はさっきから俺をずっと見つめ続けていた。 「お願いします」 古泉は強く言った。ハルヒに対する初めての意見だ。 「しょ、しょうがないわね! 今回だけよ! 古泉君が怪我してるからだからね!」 「すまん、ポカリ頼む」 「ちょっと! なんであんたの分まで買ってこなきゃならないのよ!」 「お前らの分は俺がおごってやるから、それで勘弁してくれ」 「すみません、僕もポカリスウェットでお願いします」 「もう!」 俺はポケットに入っている財布から千円札を抜き出し、ハルヒに渡した。 ハルヒは俺から引きちぎるように奪って、肩を怒らせながら病室を出て行った。 「行ってくるわよ!」 「やれやれ、ジュース買いに行かせるのにどれだけかかるんだよ」 「まったくです」 古泉はデフォルトの笑顔を見せた。 「時間がありません、始めましょうか。 涼宮さんが帰ってくるまでに話し終わらなければ」 「やっぱりか。なにか話したそうだったもんな」 「やはり分かりましたか。 でも、あなたが分かったということはおそらく涼宮さんも分かったことでしょう」 「そうだろうな」 そして、古泉は天井を見つめたまま話し始めた。 「まず、あなたには謝らなければなりませんね。 部室で突然殴りかかって申し訳ありませんでした。 あの時は僕も精神的に限界だったんです」 「いや、それはいい。俺も悪かったからな。 それはそうと、お前が精神的に限界とは珍しいな何かあったのか?」 「荒川さんが亡くなられました」 古泉はそう、事務的に伝えた。 「は? 荒川さんが? どうしてなんだ?」 「理由は僕と同じです。高所からの転落です。 ……というのは半分は本当で、半分は嘘です」 「で、本当の理由はなんなんだ?」 「少し長くなりますが」 「かまわん。続けてくれ」 古泉は白い天井を見つめたまま息をふうっと吐き出すと、 ゆっくりと一語一句聞き取れるよう話した。 「閉鎖空間でのことです。 その日涼宮さんの機嫌は大変悪く、最大級の閉鎖空間が生まれました。 そうですね、大きさとしては関西全域といったところですか。 その日というのは、長門さんが消えた日のことです。 僕達『機関』のものはほとんど総出で『神人』狩りに行きました。 当初はいつも通り、アクシデントも無く無事に終わると、 おそらく全員が思っていたことでしょう。規模が大きいだけだと。 閉鎖空間内に入るとその楽観的な思考はいっぺんに吹き飛びました。 いつもの灰色の空間ではない、薄暗く、『神人』だけが光るものでした。 ただ、それだけなら予定通り『神人』を倒してしまえば終わりです。 でも、そうはいかなかったんです。 『神人』は僕らを排除するかのように、暴力性を増し、明らかに強くなっていました。 安易に飛び込んだ者は叩きつけられて、死にました。 僕の隣には荒川さんが浮かんでいました。 荒川さんの顔は見て取れるほど怒りに満ちたものでした。 そして、僕自身も怒りというか、憤怒というか、 そうですねやるせなさと無力感、突撃してはやられていく仲間たちを見続ける悔しさ。 僕達『機関』の者はいわば戦友のようなものです。 そういえば分かってもらえますか?」 古泉はここまで話すと、俺の方を見て微笑んだ。 俺は古泉の語るその話に圧倒されていた。そこには明らかな意思があったからだ。 「ああ、分かるよ」 古泉はまた天井を見つめ、続けた。頬には涙がつたっていた。 「僕は強くなった『神人』に対して恐怖を感じ、その場から動くことができませんでした。 しかし、荒川さんは仲間を助けるために飛び込んでいきました。 無常にも『神人』によって一撃で叩き落され、底の見えない暗闇へと落ちていきました。 僕はそれをただ見つめていました。もう、赤い球体の数は二、三ほどのものでした。 その直後、僕は激しい嘔吐感に襲われ、吐きました。 頭がふらふらして、そのまま意識を失いました。 そして目覚めると、この病院だったわけです」 「そうか」 「後で聞いた話によると、その時残った者は閉鎖空間内から脱出したそうです。 そして僕も助けられ、一命を取り留めたわけですね。 閉鎖空間は拡大する一方でした。 あなたと部室で会った後、僕は再び閉鎖空間に向かいました。 『神人』が弱体化していたら、という淡い期待を抱くことで自分を保ちました。 僕はあの時見た『神人』が頭の中でフラッシュバックして、僕の中に居続けました」 古泉はそこでまた息を一つふうっと吐き出した。 「それは怖かったですよ」 古泉は俺を見て笑顔を見せた。 「閉鎖空間に入ると、前回と同じ、薄暗く、どこか陰鬱とした空間が僕を包みました。 『神人』は暴走を続けていました。 ただ、あなたが見たときと違い、街があるわけではありません。 『神人』は破壊の対象がないため、街を破壊するのではなく、 空間自体を破壊しようとしていました。 あまりの既視感に僕はまた意識が朦朧としてきていました。 どうしようもありませんでした。 僕はまた意識を失っていき、深い、深い、底へと落ちていきました。 薄れゆく意識の中で、その空間に僕達とは違う存在が飛び回っていることに気付きました。 『神人』でもなく、『機関』のものでもない別の存在がね。 あれはなんだったんでしょう。 そして僕はそのまま、底の見えない暗闇と同化していきました」 「これで僕の二日間にあった出来事は終わりです」 「そうか」 「また気がついたら病院にいました。 僕は何もできませんでした。僕は無力なんです」 「古泉、お前は無力なんかじゃないぞ。 何もしないでただぼんやりとしていた俺なんかよりずっとな」 そうなんだ、古泉は守ろうとしていた。 俺は何をしていた? 長門からただ逃げて、朝比奈さんに抱きしめられても何も答えられず、 ハルヒが苦しんでいても何もしてやれない、最低の男だ。 「ありがとうございます。その一言で僕は救われます」 古泉は笑った。俺はどんな顔をしてる? 「このぐらいでいいなら何度でも言ってやるぞ」 「もういいですよ。あなたに褒められるのもこそばゆいですから」 と言って、古泉はまた笑った。 「時間が無いので、次にいきましょう。今までのは僕の話です。 これから話すことは涼宮さんのこと、そしてSOS団についてです」 「頼む、俺は知りたいんだ」 「分かりました。では今回の事件についておさらいしましょうか。 現在、涼宮さんの能力は収束に向かっています。 理由は分かりません。残った『機関』の者が調査しています。 閉鎖空間は今もって存在し、強靭な『神人』によって、 空間は指数関数的に拡大し続けています。 長門さんを始めとするTFEI端末は減少し続けています。 朝比奈さんら未来人も一斉に帰還しました。 これらから分かることは何でしょう?」 「何も分からん」 実際に分からない。なぜハルヒの能力が収束しているのかだって? 「実は昔からいろいろな疑問が生じているのですよ。 なぜ涼宮さんはあの能力を持ち、そして行使することができるのか。 そして能力の元となるエネルギーはどこから来ているのか。 前にも言いましたよね。この世界の物理法則は保たれたままだと。 物理法則で一番大事なものはなんでしょう?」 こんなの俺でも知ってる。 「質量保存の法則かな」 「そうです。この世界にあるものは保存されるという、 ごく単純な理論がすでに破綻してしまっているのです。 では、涼宮さんがどこからエネルギーを持ってきているのか。 昔から『機関』内では論争が続いていました。 ある人は涼宮ハルヒがすでに内在していたものだと言い、 またある人は涼宮ハルヒは現人神なのではないかと言いました。 そして僕はそのほとんどがくだらない、馬鹿げたものだと考えていました。 人は人である以上、神のことを考えることはできないからです。 ですが、ただ一人、そう荒川さんの意見だけが僕の心に引っかかりました。 涼宮ハルヒの能力の元はこの世界とは違う、 パラレルワールドから引き出されたものではないか? 『機関』内では無視されましたが、 僕はこの意見がとても気に入りました。 『機関』がほぼ壊滅し、そして能力が収束していっている今なら、 この荒川さんの意見が正しいものだったと僕は声を大にして言えるでしょう」 「俺にはまったく分からないが」 古泉は俺を無視して続けた。 「パラレルワールド。つまり、異世界のことです。 この世界とは時間も空間も違う存在。 これだと、全ての辻褄が合ったんですよ!」 古泉は少し興奮しながら言った。 俺は妙に『異世界』という言葉だけが気になった。 それ以外は全く理解できなかったが。 「どう辻褄が合うんだ?」 「まず、これを裏付ける証拠として、 長門さんが涼宮さんの能力が収束している理由が分かっていないのが挙げられます。 宇宙的存在であるはずのTFEI端末が分からないもの、 それはこの宇宙外の話なのではないでしょうか? 次に、朝比奈さんもそうです。 未来が分かるはずの朝比奈さんが帰らなくてはならなかったのでしょう? 帰った理由は簡単です。時間をワープすることができなりそうだったからです。 そもそも、タイムジャンプはこの時代の科学者ですら否定的な意見です。 ではなぜ、可能だったのか? 涼宮さんの能力の発現によって、 タイムジャンプが可能なほどの時間の揺らぎが生じたと考えるのが妥当でしょう。 そしてその能力が収束している、つまり時間の揺らぎは減少していったのでしょう。 そのため、緊急で帰還することを選んだのでしょう。 ここに矛盾があります。未来が分かるはずの未来人が帰ったのか。 それはこの後起きることがこの時間軸とはまた別の時間軸の出来事なのでしょう。 つまり、異世界での出来事なのではないかと」 「理屈は分からんが、 とにかくその異世界というのはハルヒが望んでいたことなのは確かだ」 「そうです。それが第三の証拠です。 未だ現れない異世界人。これも前からの疑問ですね。 でも、僕はおそらく異世界人であろう人に会いました」 「さっき言った、閉鎖空間で見たって人か」 「その通り。閉鎖空間に他人がいるのはおかしな話ですよね。 そう考えると、あれは異世界人だったとしか思えないのです」 「なんでいるんだろうな?」 「これも推測ですが、こちらの世界に来ようとしたのではないかと」 「ハルヒに会うためか?」 「わかりません。ただ、分かることが一つだけあります。 涼宮さんが能力を発するたびに、 この世界のエネルギーは増え、あちらの世界のエネルギーは減少します。 これは何を意味するでしょう?」 「なんだろうな」 「あちらの世界が不安定になる、これだけは明らかです。 今回の能力の収束はこれに由来するのではないか。 あちらの世界が不安定にならないように、涼宮ハルヒに対抗してきた。 こう考えてみてはどうでしょう。 そして、こちらの世界とあちらの世界を繋ぐもの。 それは、閉鎖空間なのではないかと。 今回の閉鎖空間は今でも拡大を続けている、史上最大のものです。 そのためあちらの世界と繋がり、異世界人がやってきたのではないかと、 そう僕は考えるわけです。以上です、長くなってすみません」 「いや、いいよ。全く分からなかったが、妙に説得力があった」 そう、俺は全く分からなかった。 だが、一生懸命に語る古泉はとても格好よく見えたし、 俺はただ相槌をうつだけだったが、なんとなく伝わった気がした。 「あ、あと一つこれは涼宮さんには言えませんが、 僕は彼女を非常に憎んでいます。 それも殺してやりたいぐらいにね。 でも、涼宮さんは悪くないんです。だから、苦しんです。 閉鎖空間は彼女の心そのものです。 そして、僕達を排除しようとしたのも、殺そうとしたのも彼女です。 僕達『機関』の戦友たちは涼宮ハルヒに殺されたんです」 古泉は俺をじっと見つめながら笑った。 俺はそれに恐怖を感じ、狂気を感じた。 静まる俺と古泉の病室に、外から女性の声が突然聞こえた。 「あの、中入っても大丈夫ですよ?」 ガランッ。 何かが落ちる音共に、人が駆けていく音が遠くなっていった。 もしかして。 「もしかして、ハルヒが聞いていたのか?」 「そうかもしれません。でも、これでいいのかもしれません」 「バカ野郎! 殺したいなんていわれて平気でいられるやつがいるか!」 「早く追いかけないんですか? 涼宮さんは僕ではなく、あなたを待っているはずですよ」 古泉は嫌な笑みを浮かべた。 「分かってるよ! くそっ! どいつもこいつもなんなんだ!」 病室のドアを開けると、角のへこんだポカリスウェットが3つ転がっていた。 みんなで飲むつもりだったんだろう。 俺はその一つを病室のテーブルに置き、 古泉に「早く直せよ。ありがとな」と言って病室を飛び出した。 病院で走るわけにもいかず、歩いてハルヒを探した。 一階まで降りると、ハルヒは自販機の横のベンチに座っていた。 顔を両手で覆っていた。 近づくと、肩を震わせ、声にならない声で泣いていた。 「聞いてたのか?」 「……うん」 ハルヒはひどく詰まった声で答えた。 「どうしよう、古泉君にも嫌われちゃった。もうSOS団は解散ね」 「そうかもな」 俺はハルヒの右側に座って、地面を見つめた。 「あたしね、あたしだけで生きていけるように、頑張っていたの。 でも、みんなと出会って、楽しくなってた。 今まで全部一人でやって生きてきたのに、みんなといるのが楽しくなってたの。 でも、でもね。あたしは大切なものができるのが怖いのよ。 大切なものはいつか別れる時来るの」 いつか別れる時が来る。 俺は自分の中で繰り返した。それは朝比奈さんが話したことでもあった。 「だから、あたしは友達なんて作らなかった。 それより一人で生きていったほうが楽だし、強くなれるもの。 その分努力もした。でも、あたしは寂しかったのかもしれない。 宇宙人とか未来人とか超能力者とか全部人ではないものを求めてた。 だって、その人たちとは別れが来ないかもしれないでしょ? 楽しいだろうなってのは本当。でも、それは表面上の理由。 あたしはまた手に入れて、また失った」 ハルヒ。言ってくれるのは嬉しいんだ。 でもな、ハルヒ。俺はまだお前を受け止める自信が無いんだ。 「あたし、古泉君に殺されるのかな? あたし、いつのまにか殺人者になってたのね」 ハルヒは泣き続けていた。ハルヒの泣き顔はとても綺麗だった。 ハルヒ。ごめん、何も言えなくて。 ハルヒ。 「バカ。お前は殺されないし、殺人者でもねーよ」 「キョンが言ったって、意味が無いわ」 確かに気休め程度のクソみたいに陳腐な言葉を並べて、 ハルヒを慰めることができるか? できねえよ。 「分かった。何も言わない。 ただ、ポカリスウェットは飲んどけ。 時間が経って冷えるとまずくなるからな」 俺がへこんだ缶を手渡すと、ハルヒは力なく受け取り、膝の上で持った。 俺はもうひとつの缶を開け、一気に飲んだ。 そして左手でハルヒの右手を取り、ゆっくりと握った。 ハルヒの右手は震えていて、ひどく冷たかった。 二十分ぐらいたっただろうか、 突然ハルヒは立ち上がり、ポカリスウェットを一気に飲み干した。 「ぷはっー!」 お前はおっさんか、というツッコミをする暇もなく、 「帰るわよ! キョン! こんなとこいても無駄だわ!」 「おい、突然どうしたんだ?」 「帰るって言ったのよ、聞こえなかったの? もう、家に帰りましょ。暗くなってきてるし」 「あ、ああ。じゃあ、帰るか」 戸惑う俺を横目にハルヒは缶用のゴミ箱に空き缶を投げ入れると、 俺の手を引っ張った。 病院を出ると、空には月だけが輝いていた。 俺達を照らすのは街灯の光と、行きかう車、建物から漏れる白い光だ。 隣にいるハルヒは泣いてすっきりしたのか、急に機嫌が良くなっていた。 SOS団でのハルヒと同じはずなのに、不自然なのはどうしてだろう? もうすぐ駅に着く。その間俺達は手を離さなかった。 無言のまま歩き、つながっている手だけをしっかりと握った。 春の夜風が心地良い。肌寒いぐらいのそよ風が頬を撫でた。 もうすこしでさよならだ。 虫達も息を潜める、そんな静かな深い夜だった。 突然、後ろから大きい足音が聞こえるまでな。 それは一瞬のことだ。 突然に後ろで人が走る音が聞こえて俺が振り返ると、 そいつはやたらと大きなナイフを胸に構え、俺たちに突進してきていた。 「※※※!※※※※※※※※※?※※※※※※※!」 訳の分からない奇声を上げながらものすごい勢いで突っ込んできた。 「危ない! ハルヒ!」 「え? なに?」 俺はハルヒを引っ張り、倒れるようにしてそいつの一撃を避けた。 なんなんだ? 俺達はいつ暗殺者に狙われるようになったんだ? 避けられた謎の暗殺者はすぐに切り返し、俺たちを見つめた。 かなり大きい男? 「※※※※※?」 訳が分からない。何語を喋ってるんだ? 俺の英語の成績ぐらい調べといてくれ。 とりあえず立ち上がらなきゃ! このままだと逃げられん! 「※※※!」 またそいつは突っ込んできた。まずい! 逃げられん! しかし、ハルヒがナイフを突き刺そうと突っ込んできた暗殺者の手をタイミングよく蹴り、 ナイフを吹き飛ばした。 そのあとハルヒは左足で暗殺者の膝辺りを蹴り、そいつは横に倒れた。 「まったく! その程度であたしを狙うなんてバカ丸出しだわ!」 ハルヒは立ち上がるとそう叫んだ。 だが、そいつもすぐに立ち上がり、背中からさらに大きなナイフ? いや、もう剣といってもいいぐらいの長さの刃物を取り出し、 ハルヒに向かって一直線に刃物を突き立てた。 まずい、近すぎる。避けきれない! ハルヒをかばおうにも間に合わず、目をつむってしまった。 目を開けると、ハルヒに突き刺そうとしたナイフを右手でつかみ、 手を血だらけにした、短髪の少女が立っていた。 「長門、だよなお前?」 そう、そこには消えたはずの長門が立っていた。 「有希なの?」 「そう」 暗殺者はガクガクと震えだし、ナイフの柄から手を離した。 「今は時間が無い。事情の説明は後」 「情報連結解除開始」 そういうと、あの日と同じようにナイフがサラサラと分解していった。 「※※※!※※※※※※!」 そいつはいきなりうめき声のようなものをあげると、長門を睨み付けた。 長門は高速で何か呪文のようなものを呟いた。 「――――パーソナルネーム―――を敵性と判定。 当該対象の有機情報連結を解除する」 「※※※※※※※※※※※※!」 「んっ!」 目の前で謎の言葉の言い合いが行われていた。 長門はその内容が分からなくて、暗殺者は何語かも分からなかった。 が、突然暗殺者は消え、俺は呆然とその様子を眺めていた。 「逃げられた」 長門は俺達のほうを振り返り、そう言った。 右手からはおびただしい量の血が流れ出ていた。 よく見ると、少し悔しそうにも見えた。 「有希!」 突然ハルヒは長門に抱きついた。 「有希! どうしたの? 転校したんじゃなかったの? 大丈夫なのその右手」 そういうとハルヒは頭のトレードマークを解いて、長門の右手首を縛った。 「これで、少しは血が止まると思うわ」 ハルヒはにっこりと笑って長門を見つめた。 「ああ、有希。ありがとう、あたしを助けてくれたのよね?」 「そう。右手の損傷もたいした事無い。今、直す」 長門はまた高速で呟くと、長門の右手は徐々に塞がっていった。 「すごい!すごい! どうやったらそんなことできるの?」 ハルヒは目を輝かせて長門を見つめている。 そんなハルヒと長門を見ている俺は無様に尻もちついたままなんだがな。 って、おい! ハルヒの前でそんなことやっちゃっていいのかよ! 「問題ない。あなたたちを守るために再構成された。 記憶も何もかも全てそのままで」 「有希!」 ハルヒはまた長門に抱きついた。 「よかった。有希が戻ってきてくれて。 でも有希は人間じゃないのね? もしかして宇宙人?」 「そう」 「当たりね。その右手首に付けてるやつはあげるわ! あたし達を守ってくれたお礼よ!」 「分かった」 ハルヒに抱きつかれてる肩越しに、長門は俺を見つめた。 「なんだ?」 「そろそろ」 「なに―――」 「キョン君ー! 涼宮さーん! 無事でしたかぁー?」 遠くから愛らしい声が聞こえた。 やれやれ、そういうことか。この団専用のエンジェルがお出ましだ! 俺は立ち上がり、手を振ってその声に答えた。 ハルヒもその声に対して大声を上げ、手を振って答えた。 朝比奈さんは息を切らしながら俺達のところにたどり着くと、 「よかったぁー。殺されちゃうかと思いましたよおぉ」 と言って、可憐な涙を拭った。 「ばかねぇー。あんなんであたしが死ぬわけ無いでしょ?」 ハルヒはそういって、朝比奈さんを抱きしめ、頭を撫でた。 顔は困ったような、嬉しさを隠せない様子だ。 「でもでもぉ。本当に危なかったんですよぉ? 長門さんが遅かったらって思うと……」 「大丈夫よ。あたしはここにいるし、キョンもあそこでぼけーっと突っ立ってるでしょ?」 いや、普通に立ってるだけだがな。まだ動悸はおさまらないが。 「みくるちゃんは未来人なのよね?」 「そうです」 って、おい! 朝比奈さんまで認めてるんだよ! 古泉の話をどこまで聞いたか分からんが、ハルヒも信用しすぎだろ。 「てことは、古泉君は超能力者ね。キョンはただの一般人ぽいし」 まあ、俺もすぐに気付いたがな。 それより聞いておかなきゃならないことがあるな。 「ところで長門、さっき襲ってきた人は何者なんだ? ここの国の人ではなさそうだったが」 俺は平然と立っている長門に尋ねた。 「この宇宙ではない宇宙から来たもの。 通俗的な用語を使用すると、異世界人にあたる。 この宇宙空間には存在しないため、我々情報統合思念体も把握できていなかった。 でも、今回対象はこの世界に突然に現れ、明らかな意思を持って行動した」 「明らか意思か」 「そう、彼の意思は『涼宮ハルヒを殺す』ことだけ」 ハルヒは朝比奈さんとじゃれあっていたのをやめ、長門の話に集中した。 「そうなんです」 朝比奈さんは唐突に割り込んだ。 「この時間軸上に存在しないはずのことだったんです。 でも、突然現れて、緊急に出動要請が出たんです。 涼宮さんの命が狙われているって。今回は光線銃の携帯も許可が下りました」 そう言って朝比奈さんは腰につけていた光線銃を取って、俺達に見せてくれた。 ハルヒはそれを興味深げに見ると、朝比奈さんから奪い、俺に打つ真似をしてきた。 あぶないからやめなさい! 子供じゃないんだから! ハルヒは銃を下げると、 「とにかく、あたしの命を狙ってる異世界人とやらがいるわけね。 そいつらは危険なの?」 長門はハルヒをじっと見つめると、 「とても危険。我々情報統合思念体でも勝てるかどうかは微妙。 でも、彼らにも弱点がある。この世界では、こちらの物理法則に従わなければならない。 これからあなたはわたしや朝比奈みくると一緒にいることを推奨する」 長門は俺の方を向くと、 「あなたも、わたしたちとともにいなければ危険」 俺もか。 「そう、文芸部の部室に泊まるのが一番安全。 あの空間はちょっとした異空間になっていて相手も攻め込みにくい」 「部室? そこで泊まるのか。ばれたらまずいんじゃないのか?」 「大丈夫、情報操作は得意」 確かにお得意だろうがな。 はあ、一般人だったはずの俺がいつのまにか暗殺者に狙われるまでになったか。 「部室でお泊りか、なんか楽しくなってきちゃった! もっといろんなもの持ち込まないと!」 ハルヒは乗り気だがな。 「わたしもいっぱい準備しなくっちゃ!」 朝比奈さんもだいぶ乗り気のようで。 そして俺は気付く。なんであの部室はあんなに生活できるまでにものが溢れていたのか、 実はこのためだったのかもしれない。なんてな、偶然だろ? 「これでSOS団も復活ね! 今日の夜から部室でお泊りよ!」 「はぁーい」 朝比奈さんの愛くるしい声が月夜に舞う時、長門は細い光を放つ街灯を見つめながら頷いた。 やれやれ、好きにしろよ。 もう。 「SOS団はやっぱりこうでなくっちゃ!」 仁王立ちするハルヒの叫び声が、肌寒い春の夜に響いた。 chapter.6 おわり。
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第 一 章 あれから四年。 俺は無事に大学を卒業し、既に就職していた。いわゆる社会人というやつだ。 ハルヒによる補習授業のおかげで、俺はなんとか大学に進学する学力を身につけ、苦労の末に無事卒業することが出来たのだ。 ハルヒは俺とは別の大学に入学し、首席に近い成績で卒業。さらに世界を盛り上げるための活動をするとやらで、大学院に進んでいる。 世界を盛り上げるなんていう発言は以前と変わらないハルヒらしさだ。ハルヒは自分が不幸を感じているときは周りの人間を否応なく道連れにし、自分が幸福を感じているときはそれを無条件で周囲に拡散させていく、そういう奴だ。 そして、俺はそういうハルヒにますます惹かれていたのだった。 長門と朝比奈さんとは、高校卒業以来会っていない。 卒業式の後、部室で盛大かつ壮絶たるSOS団解散式兼お別れパーティーが開かれ、朝比奈さん、鶴屋さんを含む六人でバカ騒ぎをした。 その後いつものルートで最後となる集団下校をし、長門とは駅前で別れた。 肌寒さの残る、うす曇りの夕暮れ。 「あなたがいてよかった」 別れ際、長門が俺にだけ聞こえる声で言った。 いつもの無表情には違いなかったが、長門が感情を押し殺している風に感じられた。 長門も密かにSOS団との別れを惜しんでいるのだろう。 長門、情報統合思念体に戻っても幸せに暮らしてくれよ。お前は情報統合思念体の中でも先駆者だ。なにしろお前はハルヒに散々振り回されたおかげで、元々の機能にはない感情ってものを獲得したんだからな。仲間に自慢出来るぞ。絶対にな。 「さようなら」 「じゃあな、長門。元気でな」 別れは辛いが、これは仕方がない。結局のところ長門を含む情報統合思念体は切望していた自律進化のきっかけを手に入れ、朝比奈さんたち未来人は約束された未来を手に入れ、古泉の機関は神人に悩まされることのない安息な日々を手にいれたのだ。 そして長門は情報統合思念体に戻り、朝比奈さんは未来に戻り、古泉は本来の生活に戻る。 つまりは全てハッピーエンドだ。これで別れを惜しんでいてはバチが当たる。 長門の後姿を見送りながら俺はそんなことを考えていた。 卒業式からしばらく経った後、朝比奈さんから手紙が来た。 『会ってお別れするのは辛いので、お手紙を書くことにしました。 キョン君には本当にお世話になりました。今までありがとうございました。 もっと色々書きたいことがありましたが、書くともっと辛くなりそうなので。 これからもお元気で。涼宮さんとお幸せに。 朝比奈みくる』 いつものファンシーなものではなく、やけに体裁の整った封筒と便箋が、本当の別れを実感させた。 お世話になりましたなんてとんでもない。俺こそ朝比奈さんには本当にお世話になりました。 高校生活の日々、朝比奈さんは俺にどれだけ心の安らぎを与えてくださったことか。 でもいずれまた再会する日が来ますよ。未来の朝比奈さんはこの後何度か過去の俺に会うことになるんです。既定事項ですから。 俺がこれから先、朝比奈さんに会うことが出来るのかどうかは解らないが。 以前から覚悟していたものの、かぐや姫の物語がいざ現実になると、やはり寂しいものだった。 朝比奈さんに直接お別れの言葉が言えなかったのを口惜しく思う。 朝比奈さん、どうか未来の世界でお幸せに。未来人組織での立場向上だけでなく、この世界では出来なかった恋愛もがんばってください。 あなたなら自らがんばらずとも、男共が黙っていないでしょうけどね。未来でもきっと。 ちなみに、古泉とは高校卒業後も友人づきあいがある。 俺たち二人は、常人のそれをはるかに上回る過酷な高校生活を共に乗り切った、いわば戦友のようなものだ。 以前古泉が言った、対等な友人同士として昔話を笑って話せる日は今ここに実現している。 古泉の言動がそれまでと変わったことについて、ハルヒも俺も最初は驚いたが、正直なところすぐに慣れた。 二人とも、何の含みもなく屈託なく笑う古泉に以前よりはるかに好感を抱いていた。 機関は古泉の卒業と同時に解散されていた。もはや機関がすべきことは何も残されていなかったからな。 俺が就職して三ヶ月と少しが経った頃、七夕の日に俺とハルヒは結婚した。 「どうせこのままずっと一緒にいるんだから、もう結婚しちゃっていいじゃない。こういうこ とは早いほうがいいのよ」 ハルヒがそう提案し、俺もそれに同意したからだ。プロポーズくらい俺にやらせて欲しかったな。まあ似たようなセリフはあの閉鎖空間の中で既に言ってあったんだが。 就職して間もなかった俺は、そのため貯金などほとんどなく、ハルヒも学費を出してもらっている身分で大層な披露宴など気が引けるという理由で――そういう控え目な考え方をするハルヒは高校生の頃からは到底考えられないのだが――、披露宴はお互いの親戚だけを集めた食事会ということにした。 無論、古泉と鶴屋さんを交えた四人のパーティーは盛大にやったけどな。 長門と朝比奈さんには当然ながらこちらから連絡をつけることは出来なかった。二人とも俺たちが結婚することを知らなかったのか、あるいは知っていたとしても参加出来ない事情があったのだろう。 この頃にもなると、ハルヒはすっかり一般的な性格と生活を獲得していた。 エキセントリックな振る舞いは多少残っていたが、それはあくまで一般的という範疇に収まるものだった。 古泉が言ったとおり、ハルヒは二度目の情報爆発の際に、以前の能力を完全に失ったようだった。 情報爆発以降も時々不機嫌になることはあったが、古泉が断言したとおり閉鎖空間を生み出すことはなくなったようだ。古泉の能力が消えても世界が破滅していないのがなによりの証拠だ。 こうして平凡でありながらも、幸せな日々は続いた。 俺の社会人生活は、慣れない仕事に苦戦しながらも、まずまずの滑り出しだったと言える。 ハルヒの学生生活は言うまでもなく極めて順調だった。 このまま平穏無事に暮らせたなら、俺はどれだけ心安らかだっただろう。 だが、何者かがそれを許してはくれなかった。 ハルヒは結婚の二ヶ月後、突然学校で倒れたのだ。 仕事場に連絡を貰った俺はすぐさま病院に直行した。入院先は、例の機関御用達の総合病院。 古泉が昔のよしみで手配してくれた。 「昼ご飯食べてるときになんだか急に意識が遠のいちゃって。全くみっともない話だわ」 ハルヒがそう言うのを聞いて、俺は安心した。 「全くだ。お前らしくもないな。元気だけが取り柄、ってわけでもないが、お前が病気で倒れるなんて見たことねーからな」 ベッドの上のハルヒは、見るからにいつものハルヒそのままだった。軽い貧血か何かで倒れたんだろう、という程度にしか考えなかった。 症状は大したことはないが検査のため今日は様子を見て入院させる、と言う医師の言葉にも、不自然さは感じるにせよ、俺はちっとも心配などしていなかった。 だからハルヒが翌日再び病室で意識を失ったと聞いたとき、ようやく俺はこれがただ事ではないということに気づかされた。 「昨日から今朝にかけて一通りの検査をしてみましたが、結論から申し上げますと全く原因が解りません。あらゆる検査の結果は全て、奥様は完全な健康体であることを示しています」 何しろ元機関お抱えの病院だ。最高の医師たちが揃っているに違いない。そして彼らが原因不明と言うならば、それは誰が見ても間違いなく原因不明なのだ。 身体上の数字は至って正常であり、ハルヒは普段と何一つ変わらない様子だった。一旦意識を失うとしばらく目を覚まさなくなる、ということを除けば。 俺は会社に事情を説明し、長期休暇の許可を得てずっとハルヒに付き添った。 以前俺が階段から転げ落ち、意識を失ったときと同じ個室。あのときハルヒは今の俺と同じような気持ちで俺のそばにいてくれたんだろうな。 医師達がサジを投げるまでにはそう長い時間は必要とされなかった。 ハルヒは意識を回復させては、眠りにつくということを数日間繰り返した。 そして起きている時間と寝ている時間の割合は次第に逆転し、ついにはほとんどの時間ハルヒは意識を失い続け、起きている間ですら意識が朦朧とした状態になった。 焦燥しきった俺は藁にもすがる思いで、ハルヒの意識があるわずかな時間に、自分がジョン・スミスであることを告白した。 こうすればハルヒの中で何かが起こり、突然元気になってくれやしないか、と思ったのだ。 俺はジョン・スミスのことをあの閉鎖空間の中でもそれ以降も、一度も口にしたことはなかった。 もちろん、ハルヒにSOS団メンバーの正体を明かすことを避けたかったからであるが、理由はそれだけではない。 俺を愛してくれるハルヒには、ジョン・スミスの存在は必要ないと思っていた。それが俺とハルヒの関係に何らかの好ましくない変化を与えるかもしれないとも考えていた。 だが俺は意を決し、その事実をハルヒに打ち明けた。 そしてその決意もむなしく、結論から言えばそれは何の効果もなかった。 「そう……あんたがあのジョンだったなんてね。高校一年のとき、あなたと以前どこかで会ったことがあると感じたのは間違いじゃなかったのね。……だとしたら、あのとき背負ってたのはみくるちゃんなの?」 あいかわらず勘がいいな、お前は。 「そうなんだ。そう思えばあたしの人生って結構不思議なものだったのね……」 お前は知らないだろうけどな、お前の人生は普通とは比べ物にならないくらい不思議なことで満ち溢れていたんだぞ。 「色々あったわね……今まで幸せだったわ。あんたのおかげよ」 頼むから、そんな今生の別れのようなことを言ってくれるな、ハルヒ。 ハルヒはそう言ってしばらく後、また眠りについた。俺も数日前からの徹夜の付き添いの疲れからか、いつの間にか眠りについていた。 ハルヒはその一時間後、そのまま目を覚ますこともなく、俺に気づかれることもなく、唐突に、ひっそりとこの世を去ってしまった。 自分自身がわけの解らん奴なら、死ぬときもわけの解らん死に方をするのか、ハルヒよ。 俺はハルヒが死んだという事実にわき目もふらずに、目から涙を溢れさせていた。 お前は高校一年のときの七夕を忘れちまったのか? あのときお前は世界が自分を中心に回るように、地球が逆回転するようにって短冊に書いただろうが。ベガとアルタイルに願いが届くまであと何年かかると思ってんだ。 俺はこの先、お前を取り巻く状況がどう変わるのかを楽しみにしてたんだぞ。お前がどれだけ世界を盛り上げ、そしてそれに俺がどう巻き込まれるかを。 そしてお前はこう言うんだ。 「ほらねキョン、あたしの言ったとおりでしょ!」 俺がいつも見ていた、そしてこれから先もずっと見られると思っていた、あの赤道直下の笑顔で。 ――一体、どこからこんなに涙が溢れてくるんだ。 あの閉鎖空間でのキスのときとは違った意味で、世界は変わってしまった。いや世界は終わってしまったのだ。 …なあハルヒ、俺はもうお前に会えないのか? …お前はもう戻ってこないのか? それから俺は数日間を泣き通した。 ハルヒの葬儀には、俺とハルヒの親族、俺の仕事の同僚たち、ハルヒの学校の関係者、学生時代の友人、そして古泉と鶴屋さんが参列してくれた。長門と朝比奈さんは、やはり姿を見せなかった。 参列してくれた皆が、心底俺に同情してくれた。 だが、俺はこの頃には既に涙も枯れ果てていて、ただ呆然とまるで他人事のような心境で葬儀を進めていた。これが現実だとは、俺には到底信じられなかったのだ。 ほんの数日前まで、そこに確かにあった俺とハルヒの日常。 やけに目覚めのいいハルヒがいつも先に起き、朝食を作ってくれた。 あいかわらず目覚めの悪い俺を楽しそうに叩き起こしてくれた。 朝食を食べながら一日の予定を確認しあった。 一緒に住まいを出て、駅で別れ、駅で待ち合わせた。 一緒に食材を買い、一緒に夕食を作った。 それらを囲みつつ一日の出来事と昔話とこれからの話をした。 そこにはいつも、俺のハルヒの最高の笑顔があった。 そしてそれは突然俺の前から消え失せてしまった。 そんなことを一体誰が信じられるものか。 ハルヒの葬儀からしばらくの間、結婚とともに越してきた住まいで、俺は抜け殻のような状態で日々を過ごした。 何もする気が起こらなかった。食事すらほとんどとらず、ただ起きて、ただ寝るだけのような生活。一体何日間そうしていただろうか。 そしてある日、俺は突然それを認識した。 ハルヒが死んだ瞬間に感じた、世界が変わってしまったという感覚が、またしても俺の感情の変化によるものだけではなかったことに。 ハルヒが死んでからというもの、俺の頭の中に奇妙な違和感が存在していることには気づいていた。 そして、それはハルヒの突然の死による悲しみがそうさせているのだろうと、俺は当然のように思っていた。 しかしそれは違っていた。それだけではなかった。 俺の頭の中に、突如としてSTC理論とTPDDが備わっていたのだ。 STC理論。朝比奈さん(大)が以前俺にその存在を教えてくれた時間平面移動の理論。 TPDD。時間移動をするための、頭の中に無形で存在する装置。 理屈じゃない。それが俺の頭の中にあることを、俺は実際に感じることが出来た。 なぜ俺に突然そんなことが起こったのか。理由はすぐに解った。 ハルヒがそれを望んだからだ。 ハルヒは、わずかに残された最後の力で、俺にこれらの能力を与えてくれていたのだ。 長門によって世界が改変されたとき、朝比奈さんは言った。STC理論を指して「あなたにもそのうち解ります」と。 朝比奈さん……つまりはこういうことだったんですか? ハルヒが俺に託してくれたこの能力。すぐに使い道は決まった。 だってそうだろ? 他の選択肢なんてあるもんか。 今まで散々俺を振り回しておいて、それで満足したらさようならか? それを他の誰が許したとしても、俺は絶対に許さない。 俺は確信を持って言える。お前のような、あまりにも規格外な人間を愛してしまった俺にとって、お前を忘れることなんて絶対に無理だ。出来るはずがない。 お前だって、俺がそう考えると思ったから俺にこの能力を託したんじゃないのか? 俺は静かに、そして強く誓った。 ハルヒが死ぬという事実を何としてでも変えてやる。この俺の手で! 俺はすぐに計画を練りはじめた。 これから俺はTPDDを利用し過去に時間遡行して、ハルヒの死の原因を究明し、それを防ぐために歴史を改変することになる。 時間は一刻も無駄にはしたくない。俺は早速試しにとばかりに、時間を一分ほど遡行しようと考えた。そのときそれは起こった。 目の前に突然もう一人の俺が現れたのだ。 つまり一分後の時間平面から時間を一分間逆行した俺だ。実際に試すまでもなく、TPDDの機能は実証されたのだ。 一分後の俺は、俺に軽く挨拶し、一分後の世界に戻ると言って目の前から消えた。 そして俺は一分前の世界への逆行を試みた。体全体がグラっと揺れる感覚の後、それは実にあっけなく成功した。俺は一分前の俺に軽く手を上げ、元の時間平面に戻った。 以前感じためまいや吐き気は全くなかった。これは時間移動距離の差によるものなのか。あるいはあのときの不快感は、時間移動の方法を隠すために俺に施された処置によるもので、つまり目隠しのような状態で車に乗せられれば誰だって酔いやすい、ということなのだろうか。 単純に、車を運転する人より助手席に座る人のほうが酔いやすい、ということなのかもしれない。 今この時間平面上で、STC理論を知りTPDDを得た人類は間違いなく俺だけだ。俺の知る限りでは、今の時代にはSTC理論の基礎すら出来ていない。それを作るであろうあの眼鏡の少年はまだ高校生くらいだろうからな。 つまり、おそらくは人類史上で最初となる時間遡行が今まさにおこなわれたのである。 やれやれ、まさか俺が輝ける人類初のタイムトラベラーになるとはな。 同時に、既定事項を満たすことの重要性に思い至った。朝比奈さんが必要以上に既定事項にこだわっていた理由を、身を持って理解した。俺がたかだか一分間の時間遡行を怠ってしまうだけで、その瞬間に歴史は変わってしまうのだ。 俺は家を出て人気のない路地に移動し、今度は過去一年間の時間遡行を試みた。 実に簡単だ。そう念じるだけでそれはおそらく可能だろう。 体が揺れる感覚がきた。移動は完了した。腕時計を見る。そしてそれが何の意味もないことに気づいた。時間移動をしたからといって時計の針が正しい時間に合わせて勝手に動いてくれるはずもない。それ以前の問題として、俺の腕時計は三本の針のみで構成されたシンプルなアナログ時計であり年月は表示されない。 俺は近くのコンビニエンスストアに足を運び、新聞の日付を見ることにした。過去の七夕でも使った手だ。 そして、俺は意外な結果を知ることになった。新聞の上部に記されていた日付は俺の予想とは違っていた。およそ一ヶ月までしか時間を遡ることが出来ていなかったのだ。 コンビニエンスストア近くの路地に入り何度か試してみた。過去一年間を三回、半年を二回、三ヶ月間を一回、未来については少し気が引けたが、一回だけ一年間の移動を試みた。 結果は全て同じだった。過去であろうが未来であろうが、俺が移動可能なのは前後一ヶ月間だけだった。 ならば、一ヶ月前の過去からさらに一ヶ月前に遡ればどうだ? それなら二ヶ月前に行けるはずだ。 だが結果は同じだった。やはり元の時間から一ヶ月以上移動することは出来なかった。 これはどういうことだ? 俺は住まいに戻り、その理由を考えてみた。 朝比奈さんは、少なくとも一ヶ月先から来た未来人ではなかった。実際に俺と朝比奈さんは、三年間の時間遡行をしたことがある。 では俺が一ヶ月以上の時間移動が出来ないのはなぜだ? それが俺の能力の限界なのか? たかが一ヶ月間の時間遡行で、ハルヒを助けることが出来るのか? あるいはそれは可能かもしれないが、その確証は一体どこにあるというのだ。 いくら考えても、有力な解答が導き出されるはずもなかった。 そうやってしばらく頭を抱えていた俺の眼前に、突如として信じられない光景が映し出された。 何の予兆もなく、光や音を発することもなく、その人物は突然俺の目の前に姿を現した。 朝比奈さん(大)だった。 「随分お久しぶりになりますね、キョン君」 俺は呆然として、しばらくそのアンバランスにしてかつ完璧なプロポーションを眺めていた。 我に返った俺はとりあえず疑問を投げかけた。 「っていうか、いきなり俺の目の前に現れたりなんかして、大丈夫なんですか?」 朝比奈さんは静かに微笑み、 「問題ありません。もうあなたの頭の中にはSTC理論もTPDDもあるんだもの」 なるほど、まさしくその通りだった。いずれ朝比奈さんにそれらのテクニカルタームについて解説して欲しいと思っていたが、まさかそれが突然俺の頭の中にひょっこり現れるなんて思ってもみなかったからな。 最初に俺が聞かなければならないのは、次の一点だった。 「朝比奈さんにこんなことを訊く失礼だというのは承知の上ですが。朝比奈さん、あなたは俺の敵ですか? 味方ですか?」 俺がこれからやろうとしていることは、明らかに歴史の改変だ。それがもし既定事項でないのだとすれば、未来人にとって俺は、きっと好ましくない存在になるだろう。 だが、そんなことは構いやしない。今の俺にはTPDDがある。未来を知らないということ 以外は、未来人とは対等の条件だ。 だが、朝比奈さんは俺に、変わらない笑顔でこう言った。 「私はキョン君を助けるためにやってきました」 もともと俺は朝比奈さん(大)に対しては少しばかり懐疑的な立場だ。だが今の言葉に嘘は全く感じられなかった。そもそも何かを隠すことはあっても平気で嘘を言えるような人ではないんだ、この人は。 「解りました。朝比奈さん、俺はあなたを信じます」 となれば、次の質問はこれだ。 「教えてください。ハルヒが死ぬことは既定事項なんですか?」 「それは…説明が難しいんですが」 と、前置きをして朝比奈さんは続けた。 「涼宮さんが死ぬことは既定事項ではありません。ですが今こうやって私たちが話していることもまた既定事項であると言えます」 正直なところ、何を言っているのか全然解りません、朝比奈さん。 「少し込み入った話になるんですが。未来からの通常の方法による観測では、涼宮さんが死ぬという歴史は存在しません。私たちの知る既定事項は、あなたと涼宮さんは生涯を共に暮らし、二人とも天寿をまっとうします」 その話は、今の俺にとって何よりも心強いです。でも未来のことを話すのは禁則事項ではないのですか? 「あなたはその気になればいつでも自分で未来を見に行くことが出来ます。あなたにはもはや禁則事項と呼べるものはほとんど残されていません。既定事項を満たすためにお話出来ないことはありますが」 なるほど、確かにそうだ。 「ですが、今のあなたはその未来に辿り着くことは出来ません。時間移動距離の問題ではありません。この時空から未来に行ったとしても、そこには涼宮さんがいない未来が存在するだけです。そして涼宮さんが死ぬという過去を観測出来ない未来人は、本来なら今のあなたに会うことは絶対に不可能なことなんです」 「つまり、それは一体どういうことですか?」 「簡単に言えば、今この時空は未来から閉ざされています。例えば歴史が上書きされた場合、未来からはその結果しか観測出来ません。そして涼宮さんが死ぬことは既定事項ではない。つまりこの時空は上書きされる予定であり、本来であれば私はこの時空には決してたどり着けないんです」 俺の頭上で回転するクエスチョンマークが朝比奈さんには見えたようで、 「思い出して、キョン君。長門さんが世界を改変したときのことを。あのとき、改変された世界に私が赴いて三年前の七夕……いいえ、長門さんさえいればどこでもよかったのだけれど、そこまであなたを連れて時間遡行すれば、あなたは苦労せずに歴史を再改変させることが出来たはずです。長門さんの脱出プログラムを必要とせずに。でもそれはされなかった。されなかったのではなく出来なかったの。長門さんに改変された世界は、最終的には長門さんの再改変によって上書きされました。つまり未来からでは、上書きされる以前の改変世界には辿り着くことが出来ないの」 「なんとなくですがそれは解りました。では朝比奈さんはどうやってここに来ることが出来たんですか」 「今私がこうしてこの時空に存在しているのは、預言者、言葉を預かる者と書くほうね、その人の力によるものなんです」 預言者……ですか? 「彼は未来人組織の中でも謎中の謎とされる人なの。いつの時代のどこの人であるかということも解りません。彼は私たち一般的な未来人が知る、歴史の上書きされた結果だけではなく、歴史が変わる過程をも知り得る、特異な能力を持つ存在だとされています」 俺は終わらない夏休みと長門のことを思い出した。 「預言者の話をする前に、あなたについて話す必要があります。少し長い話になりますが。今までのあなたの行動。これは全て既定事項だったんです。例えば、あなたが三年前の七夕に涼宮さんを手伝ったこと、あるいはSOS団結成のきっかけを与えたこと」 それはどちらかと言えば、俺が選んだ行動ではなく、朝比奈さんに与えられた行動だと思うんですが。 「既定事項というものは、そう簡単に覆るものではありません。未来人が過去に介入することは実はそんなに稀なことではないんです。だとしたら、あなたは歴史や未来をすごくあやふやなものだと感じるかもしれません。でも実際はそうではないんです。なぜなら未来人の介入も 含めて全てあらかじめ定められたこと、つまり既定事項なんです。例えば、幼かった頃、私と キョン君が少年を交通事故から守ったときのことを思い出してください。あなたはあれをあたかも他の未来人の干渉から歴史を守るために取った行動だと思ったかもしれません。でもそれは違うんです。他の未来人組織が彼を襲ったのも含めて既定事項なんです」 にわかには信じがたい話だが、それならいつぞやの敵対未来人組織が既定事項をなぞるだけの行動にクサっていたのには納得がいく。 「私たち未来人は、涼宮さんが作った時間断層を発見して以来、その時代周辺の歴史を丹念に調査しました。そして驚くべき事実を発見したの。それは未来に対して重大な意味を持つ事件がこの時代のこの地域に集中していたこと、それらの事件には私たちの時代の未来人が数多く介入していたということ、そして……それらの事件の全ての中心には、キョン君、あなたがいたということ」 「よく解らないんですが……、それは朝比奈さんたちがそう仕向けたんじゃないんですか?」 「いいえ。私たちは過去の事実に従って行動するだけです。私たちはなぜあなたが未来に関する全ての重要な分岐点に関わっていたのかを徹底的に調べました。その生い立ちから、生涯までを。これは大変な作業だったわ。だって、あなたの生涯とその周辺を調べるためには、あな たが生きたあらゆる時間平面に対して、常に誰かが監視する必要があったから。そのひとりがまだ幼かった頃の私。当時の私は涼宮さんの監視係であったと同時に、あなたの調査係でもあったの。これは後から知ったことだけどね」 なるほど、それは大変そうだ。仮に俺の寿命が七十年だとすれば、それを詳細に知るには七十年分とまではいかなくとも、相当の労力を費やさなくてはならないだろう。 「でも、結局はその調査は実を結ばなかった。未来人のあらゆる観測・調査によっても、あなたがなぜそのような立場になったのかずっと原因不明のままだったんです。観測上では、あなたは一方的に涼宮さんの起こす騒動に巻き込まれ、紆余曲折の末に涼宮さんと結婚し、そしてその生涯を平穏に送った、普通の人間です」 じゃあ、今ハルヒが死んで、こうやって朝比奈さんと話している俺は何なんだ? 「私が今こうしてキョン君と話していることは、他の未来人の誰も知らないことです。私と預 言者だけが知る事実。私が預言者から直接、ここに来てキョン君に助言を与えるようにと指令を受け、そしてこの時空間の座標を与えられたの。だから私は今ここに来ることが出来ているんです」 この朝比奈さんも、正体の解らない何者かの指示で操られているのか。俺は今まで朝比奈さん(小)に対する朝比奈さん(大)の態度に釈然としないものを感じていたが、結局は朝比奈さん(大)のほうも同じような立場だったんだな。今度から怒りの矛先はその預言者とやらに 向けることにしよう。 「預言者の話は、私には信じられないことばかりでした。だってそうでしょう? キョン君が 涼宮さんの死と引き換えに、人類初のタイムトラベラーになるなんてこと」 その意見には俺も全面的に同意します。 「そして、さらに預言者は驚くべきことを言っていました。あなたは誰の制約も受けずに歴史を改変する権利を得た唯一の人物なの。言い換えればあなたは物語の主人公のようなもの。物語の世界が主人公の望まないものになることはあまりないでしょう? 例えば、涼宮さんはあなたの知るとおり何度か世界を作り変えようとしました。でもあなたはそれを望まなかった。 だからこそ、世界は改変されることなく存続し続けていると言えます。つまり、あなたはあなたが望む歴史を自ら切り拓くことが出来る存在なんです」 俺はそんな大それた存在のつもりは全くないんですが。俺が何を望むかといえば、今までと変わりない無難な生活くらいです。 もっとも、多少の刺激は欲しいとは思っていたし、実際にそういうスパイスは高校生活中に無闇やたらに散りばめられていたんだが。 「最後に、預言者からあなたに対する伝言です。私たち未来人は今まであなたに様々なヒントを与えました。そのことをよく思い出して。これから涼宮さんを復活させるまでの過程において、キョン君は長らく私たちの援助を受けられない状態が続くことになります。なぜそうなのかは、私には詳しくは解りません。預言者が教えてくれなかったから」 つくづく、その預言者とやらはもったいぶった奴なんだな。おそらくはそれを教えないこと も含めて既定事項なんだろうが。 「だからキョン君、あなたはあなたが思うとおりに、あなたが信じる行動をとってください。 その結果、最終的には私たち未来人が知る歴史に至ると私は信じています。でももしかしたら、そうならないかもしれません。これは私たち未来人にはどうすることも出来ません。あなたが望む未来を、あなた自身がこれから決めなければなりません」 ひと通り話し終えた朝比奈さんが、身につけていた腕時計を取り外した。以前朝比奈さん(小)が使っていたのを見たことがある、あの電波時計だった。 「これは私からのプレゼント。これからのあなたにはきっと役に立つと思うから」 朝比奈さんは笑顔を取り戻し、それを俺に手渡した。 「それでは私は戻ります。全てが終わったら、是非私のいる未来に遊びに来てください」 それは俺にとっても興味のある提案です。楽しみにしてますよ朝比奈さん。それに全ての黒幕である預言者とやらに、俺も少なからず言ってやりたいことがありますし。 ああ、待てよ。 「朝比奈さん、最後に教えてください。俺は時間移動を一ヶ月間しか出来ないんですが、これはなぜですか?」 「ごめんなさい。禁則事項です」 朝比奈さんは以前と変わらない、イタズラっぽい笑顔を俺に見せた。 「でも答えはすぐに見つかると思います。それがあなたにとっての既定事項だから」 ううむ、そういうものなのか。 「がんばってねキョン君。あなたが私たち人類初のタイムトラベラーなんだから!」 ありがとうございます。がんばるしかないですからね俺は。人類初とかはさて置いておいても。 そして朝比奈さんは俺の目の前から姿を消した。 昔だったら俺は意識を失わされているところだろうな。 第二章
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第2話 ~ヒーローと目撃~ はっ!!今の夢は…一体?……あれは…ハルヒか?どこかの学校の校庭にいたのは分かったが一体何処の…… 「あぁ~!!キョンくん何でもう起きてるの?」 「ん、ああ。ちょっとな。」 俺は今朝の夢のことが気になってずっとぼーっとして歩いていた。 何だったんだろうな?あの夢は。ハルヒが出てきたような気がするが… 教室に着くとドアを開けた途端太陽のような笑顔のハルヒが俺に突撃してきた。 「キョン!!今すぐ一緒に来なさい!さぁ行くわよ!!!」 「おぉわっ!!ちょっと待て、授業はどうすんだ。」 「そんなもんサボるに決まってるでしょ!」 そう言ってハルヒはいつかのように俺のネクタイを引っ張って無理矢理俺を部室まで引っ張っていった。 ドカン 「ヤッホー!キョン一丁お待ちぃ。」 お待ちって誰が待ってるってんだ…って何でお前ら… そこにはSOS団全員+鶴屋さんが揃っていた。 「それでは皆さん!これよりSOS団七夕緊急ミーティングを開始します!!」 「おいおいそんなもん放課後にやればいいだろ、 何で今授業をサボってまでやる必要があるんだ?」 「必要な事なの!!大体、あんたはどうせ授業何ていつも寝てるんだから関係無いでしょ。」 ま、まあ確かに殆どの授業で寝てるのは確かだが… 「それでは今日の議題は、七夕についてです。」 「で、七夕がどうしたんだ。」 「はいそれじゃあキョン、七夕と言ったら何?」 そりゃあ天の川とか、短冊とかだろ。 「確かにその通りね。じゃあその短冊を掛ける物は?」 そんなん笹に決まってるだろうが。 「そうよ!短冊は笹に付けるものよ。それは万国共通の事だわ。 そんでもって幾ら織り姫と彦星でも全ての人の願いを叶えてあげる事は不可能だわ。」 だからそれが一体どうしたって言うんだ。 「そこで笹よ!!やっぱり彦星もどうせなら 良い笹に掛かってるお願いの方が叶えてあげたくなるもんじゃない? いえ、そうに決まってるわ。」 ……相変わらずこいつの理論は訳が解らん。朝比奈さん、そんな貴重な事を聞いたみたいな顔する必要無いんですよ。 全部デマなんですから。それとも未来には七夕が無いのか? 「と、言う訳で、今日はSOS団プレゼン!!笹取り大会を開催します!!」 あー何だ、ツッコミたいとこは色々あるが 「おいハル「意見のある人は挙手をして発言しなさい!!」 ったく、コイツはそんなに俺にしゃべらさせたくないのか? 「は~い。」 「はい!鶴屋さん!!」 俺が挙げる前に鶴屋さんが挙げてしまった。 「笹取り大会って具体的に何をするんだい?」 確かにそれは気になるな 「そうね…じゃあ2人1組に分けて、それぞれ笹をとって来て一番良い笹をとって来たペアの勝ちってのはどう!」 じゃあって、今考えたのかよ! 「ちなみにペアはくじ引きで決めるわよ。それじゃあ有希から順番に行くわよ!はいっ…」 今回はいつもの爪楊枝に3色の印を付けていた。 しっかしハルヒもまた面倒なことを思い付いたもんだ。 まあしかし、今日の俺は余程ついているらしい。 「…青……」「緑だ。」「青ですね。」「赤にょろっ!!」「ぁ、緑です。」「赤だわ!!。」 今の会話で分かってもらえたかどうかいささか不安だが、 そう俺はなんと俺の天使様、つまり朝比奈さんとペアになったのである。 当の朝比奈さんはと言うと、自分の楊枝の先を少し赤くなりながら見ていたが、 暫くして俺の方を見て、はにかみながら会釈をしてくださった。いや~、心がどんな宝石よりも綺麗になる気がするね。 …ん?いつもだったらここで我がまま団長様がアヒル口で文句の1つや2つ言ってくるのに、何も言ってこないなんて珍しいな。 「それじゃあ皆!時間が無いから早く行くわよ。」 「行くって何処に行くんだ?」 「鶴屋山よ。」 何でも「この前ハルにゃん達が宝探しした山にさ、竹の密生地帯があるからそこを使うにょろ!」だそうだ。 んでもって俺達は今バスに乗っている。俺は朝比奈さんと鶴屋さんと一緒に座ってるハルヒから距離を取り、 古泉と長門に昨日休んだ理由を聞いてみた。 「近頃情報統合思念体は涼宮ハルヒという個体を2体観測した。しかし、涼宮ハルヒの近辺での情報改変は観測されていない。その真相を調査するため休んだ。」 何だと!?ハルヒが2人ってどういう事だ? 「詳しくは解っていない、涼宮ハルヒの能力が人格化し、涼宮ハルヒ本人から離別し行動している。」 え~とつまり、ハルヒの能力に人格が出来てそれはハルヒ本人とは別の意思を持っているって言うことか? 「その通りです。そしてその別の人格が涼宮さん本人とは別の肉体をもち、別の行動をしているようです。」 なる程、じゃあ元のハルヒは能力を失ってるのか? 「はい。しかし今そこにいらっしゃる涼宮さんが能力を持っていない訳ではありません。 なぜなら、彼女、つまり能力を持った涼宮さん、ここでは、そうですね…涼宮さん(能)とでも呼びましょうか。 彼女が現れるのは、涼宮さんが夜中に眠っている間だけだからです 。それ以外の時間は涼宮さん(普)の中で眠っているようです。」 何でそんな事になってんだ? 「それはまだわかっていません。しかし「3年前の七夕が関係している。」 今の今まで空気のように振る舞っていた長門が突然割り込んできた。 独りで歩いてて寂しくなったのか? 割り込まれた古泉はやれやれといったように肩をすくめてみせた。ちっ、様になってやがる 「彼女が出現したのは4年前の七夕のジョン・スミスが深く関わっていると思われる。気をつけて。」 「どう気を付けろというんだ。」 「それは………」 長門は急に俺から目を逸らし、明後日のほうを見ながら 「あなたに託す。」 はぁ、誤魔化したって無駄だぞ長門、要は分からないんだろ。 「やれやれ。」 しかしそんなごまかしたりする長門も珍しくて、なんだか可愛かった。 「さぁ、着いたにょろ!」 そして今俺達は鶴屋山の裏側の中腹くらいにいる。 「こっから山の麓近くまでずっと竹藪になってるっさ!!気にった竹を見つけたら好きに採ると良いよ!!」 採るったって、一体何で採るんです?まさか素手なんて事は…「あっ、そっかそっかぁちょろんと待っててね。」 そう言って鶴屋さんは、山の上の方に向かって歩きだした。ちょろんとっていうのはまた30分程なのだろうか? しかし俺の懸念も空振りに終わり鶴屋さんは2分程で戻って来た。のだが… 「皆さん、お久しぶりでございます。」 何故かその隣に新川さんが居た。何故だ?意味が分からん。 俺がよほど怪訝な顔をしていたのだろう、古泉が突然解説しだした。 「新川さんには良い笹の審査員をして貰います。僭越ながら僕が先ほど呼ばせていただきました。かまいませんか?涼宮さん。」 「ええ、構わないわよ。確かに審査員無しじゃ誰が一番か決められないわね」 じゃあお前はどうやって勝負を決めるつもりだったんだよ。 「ありがとうございます。それでは新川さん。」 「かしこまりました。」 そう言って新川さんは何処から出したのか、 ちょっと大きめの鉈を3つそれぞれ俺と古泉とハルヒに渡した。そして 「それで竹を切って下さい。」 といって、もう1つ鉈を取り出し、 「この様にしてください…」 と言った。そしてふーっと息を吐いたかと思うと、突然カッと目を見開いて 「SUNEEEEEEEEEEEEEEKU!!!!」 と叫びながら鉈を一振りした。 一瞬だった。そして気付くと、新品のトイレットペーパー並みの太さの竹が真っ二つになっていた。スネークって一体…? ハルヒは目を爛々と輝かせ 「スッゴいわねぇ!!どうやったらそんな事が出来んの?」 と嬉しそうに言っていた。 鶴屋さんは爆笑していたし、長門と古泉はいつも通りだった。しかし朝比奈さんはよほど新川さんの顔が恐かったのか、殆ど半泣き状態だった。因みに俺は声一つ出せなかった。 「じゃあみんな!!1時間後にまた此処に竹を持って集合ね。さあ、行きましょう鶴屋さん!!」 「ラジャーっさ!!」 そう言ってハルヒと鶴屋さんはものすごい速度で竹藪に消えてった。 「それでは長門さん、僕達も行きましょうか。」 「………」 長門は3ミクロン程頷いて古泉と歩いていった。 さて、俺達もそろそろいこうかね。 「さ、行きましょうか、朝比奈さん」 「…あ、はい。」 そうして俺達も竹探しに向かった。 しばらく歩いてからのことだった、突然朝比奈さんが俺の方に向き直り、潤んだ上目遣いで俺を見て 「キョ、キョンくん!あ…ぁあの、昨日はごめんなさい。せっかくキョンくんが遊びに来てくれたのに…本当にごめんね。」 と言いながら、頭を腰より下まで下げて謝った。 「そんな謝らなくて良いんですよ。俺は気にしてませんから。」 俺は出来るだけ朝比奈さんをなだめるようにいった。 「でもぉ、自分から呼んでおいて部屋に入れた途端に寝ちゃうなんて、わたし…最低です。」 そういえば朝比奈さん(小)は朝比奈さん(大)に眠らされた事は知らないんだもんな。 そりゃあ朝比奈さん(小)本人にしてみれば、突然寝ちまったようにしか思えないよな。 しかしまずいな、朝比奈さんはもう顔を上げては居るが、今にも泣きそうな顔をしている。 朝比奈さん(大)のことをいうわけにもいかないし……しょーがない。 「じゃあこうしましょう朝比奈さん。今度また改めて俺を家に招待して下さい。それでどうですか?」 「ぇ、で、でも…キョンくんはそんな事で良いの?」 「ええ勿論ですよ。その代わり、その日は朝からお邪魔させてもらいますよ。それでおあいこです。良いすよね?」 俺はこれ以上朝比奈さんに文句を言わせないように言った。 「あ、じゃあ…そんな事で良かったら、今度の日曜にでも、また遊びに来て下さい。」 勿論かまいませんよ。来週の日曜ですね。たとえハルヒの奴が何を言おうが、遊びに行きましょう。 「うふ、ありがとう。キョンくん」 朝比奈さんはもう涙目では無く、とてもこの世のものとは思えない天使のような笑顔で俺を見つめて言った。俺も朝比奈さんを見つめ返した。 ガサガサッ 「ひえっ!!」 突然俺達の横にある茂みから音がして朝比奈さんは俺に抱きついてきた。あ~、このまま天に召されても悔いはないね。 「にょろにょろーん!!」 茂みの中からは鶴屋さんが出てきた。あれ?ハルヒが居ないようだが… 「おーいキョンくん。みっくるぅ!!ハルにゃん見なかったかい?はぐれちゃったんだよ~。」 ハルヒですか?見てませんが… 勿論かまいませんよ。来週の日曜ですね。たとえハルヒの奴が何を言おうが、遊びに行きましょう。 「うふ、ありがとう。キョンくん」 朝比奈さんはもう涙目では無く、とてもこの世のものとは思えない天使のような笑顔で俺を見つめて言った。俺も朝比奈さんを見つめ返した。しかしそんな良い空気の時に…… ガサガサッ 「ひえっ!!」 突然俺達の横にある茂みから音がして朝比奈さんは俺に抱きついてきた。あ~、このまま天に召されても悔いはないね。 「にょろにょろーん!!」 茂みの中からは鶴屋さんが出てきた。あれ?ハルヒが居ないようだが… 「おーいキョンくん。みっくるぅ!!ハルにゃん見なかったかい?はぐれちゃったんだよ~。」 ハルヒですか?見てませんが… 「そおかぁい。そんじゃスモーk「持ってません。」 「にょろーん。まあそんな事より…お熱いねぇお二人さん。はっはっはぁぁ!!」 「ひょ!!だ、だ、だだめです。また同じ穴の二の舞ですぅ」 朝比奈さんはよくわからない事を言って俺からパッと離れ、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。あぁ俺の至福の時が… 鶴屋さんさんは気付いたら消えていた。 5分後朝比奈さんはまだそっぽを向いていた。これじゃ笹が取れないまま帰ってハルヒにどやされちまうな。 「朝比奈さん、そろそろ行きましょう。時間がきちゃいますよ。」 「うぅ。」 顔を真っ赤にして唸りながら振り返り俺の方へ寄ってきた。 その時 「朝比奈さん!危ない!!」 「ふぇ?」 朝比奈さんは小さな崖から足を滑らせバランスを崩していた。 俺はとっさに朝比奈さんを抱き止めたが、結局2人して落ちてしまった。 こうなったら朝比奈さんへのダメージを出来るだけ減らすしかない! そう思った俺は自分の体を下にして朝比奈さんを包み込むように抱き締めた。 「ひょえぇ~~~~~!!!!」 恐怖のあまり朝比奈さんはとんでもない音量の叫び声を上げていた。 崖は10メートル以上もあったが、幸い地面に落ちる直前に一度木に引っ掛かってクッションになったため、大した怪我はしなかった。 しかしこれは暫く動けそうに無さそうだ。 それに俺は今仰向けに倒れており、朝比奈さんは俺の上にうつ伏せに倒れていた。 そう、俺達は今抱き合っているような構図になっている。 いや~何で今日はこんなについているんだろうね? 「ふぁ!!ぁ、ぁ、ごめんなさい!!」 と朝比奈さんは言ってガバッと体を起こした。 あぁ朝比奈さんそれでも今度は馬乗り状態になって別の所がものすごく気持ち、いやっな、なんでも無い!!只の妄言だ。 「ああ、朝比奈さん、大丈夫ですか?怪我は有りませんか?」 俺は朝比奈さんに手を差し向けながら言った。 「ぁ、はい。勿論大丈夫です。」 それは良かった。怪我をしてまで守った甲斐が有ったというものだ。 それから朝比奈さんは俺の差し向けた手を両の手で包み込むようにして取って、 「キョンくんが…守ってくれましたから。……すっごくかっこ良かったですよ。ありがとう」 と言って朝比奈さんは真っ赤になった。きっと俺の顔も真っ赤だろう。 「キョンくんはわたしのヒーローですね。いっつもわたしを助けてくれて、励ましてくれるし。それに今だって、ね?」 朝比奈さんは既に赤くなっている顔を更に真っ赤にして、やっぱりまだぎこちないウィンクをした。 余りの可愛いさに俺は朝比奈さんをどおしようもないほど愛おしく思い、 思わず朝比奈さんの手を引き、また俺の胸の上に倒して、抱き締めてしまっていた。 いかんな。いつもは抑えられるのにな… 「ふ、ふぇ?キョンくん?」 「すいません朝比奈さん。暫くこのままで居させていて下さい。」 「ぁ……はい。」//// そして朝比奈さんは俺の胸に顔をうずめて気持ちよさそうな声をあげた。 俺はそんな朝比奈さんの頭を撫でながら抱き締めていた。 最高だ~。死ねる!!今ならラオウのポーズで死ねる。 しかしキョン達はこの時自分たちを見撃して去っていった存在に気付いていなかった。 そう、鶴屋さんとはぐれたハルヒの存在に。ハルヒが自分たちを見ていた事に。 ハルヒは鶴屋さんを探している時にキョン達が崖から落ちたのを見て、崖の下に大慌てで降りてきたのだが、キョンとみくるが抱き合って居るのを見て走って逃げていったのだ。 ハルヒは普段なら確実にキョンを怒るのに、気付いたら逃げ出していた自分に困惑していた。 「…キョンと……みくるちゃんが?……そんな…なんで?………嘘でしょ?」 誰も気付きはしなかったがハルヒは独り涙を流していた。 涼宮ハルヒの方舟 第2話 ~ヒーロー・目撃~ おわり 第3話へ
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―――― 二日目 2 ―― それにしても台湾に着てからのハルヒの機嫌というのは不安定である。いつもなら とても機嫌がよく俺たちに迷惑事を振り掛けるか完璧にメランコリーで話しかけても うっさいわね。バカ。アホ。マヌケ面。と言われるかの二つに一つのはずである。そ のはずがどうだろう。台北101では急に女の子になってみたり、かと思えばいつも のように傍若無人っぷりを遺憾なく発揮してみたりと忙しい。まったく修学旅行って いうのはこれほどまでも人を変えるとはね?クラスに一人はいるんじゃないのか?ソ コ!いないのか? ホテルを出発して一時間が経とうとしている。今、俺とハルヒは繁華街の中にいる。 俺とハルヒは土産物屋や服やに立ち寄り妹へのお土産や朝比奈さんへのお土産となる チャイナ服などを物色していた。 「ねぇ、キョン?これなんかみくるちゃんにぴったりじゃない?」 と、ハルヒが差し出したのは背中がパックリと開いた真っ赤なチャイナドレスであ った。うん、悔しいがこれを着た朝比奈さんを見てみたいな。 「こら!エロキョン!変なこと考えてるでしょ」 最近思うんだが俺は思ったことが顔に出やすいタイプなのかね?誰か教えてくれ。 結局お土産は荷物になるから最後ということで、俺とハルヒは再び町へ出た。台北 の市街地は中心地は東京と比べても見劣りしないほど近代的であったが、少し路地へ 入ると中国文化の香り漂う趣深い町並みが並んでいた。テレビのブラウン管を通して しか見たことのないような屋台が立ち並び、そこで生活する人々の活気がひしひしと 伝わってくる。まさかこれほどすばらしい街だとは思いもしなかったぞ。いつかSO S団のみんな、朝比奈さんを連れてもう一度来るのも悪くないかもしれないな。 出発してからというもののハルヒは修学旅行を楽しむ普通の女子高生を続けている。 本来であれば普通というものを一番嫌うハルヒであるから考えられないことであり、 俺自身も驚くべきことであった。そんなことを考えながら街を歩いているとおもむろ にハルヒが口を開いた。 「ねぇ。キョン?台北101に行きましょう」 ハルヒの口から放たれた言葉は思いもよらないものだった。 「台北101?昨日も行ったじゃないか。あそこになんか不思議はないぞ?」 「うるさいわね!団長に黙ってついてくればいいのよ!」 「なぁ、ハルヒ。修学旅行に来てからのお前、なんかおかしいぞ?」 「おかしいって何がよ?」 「わからんがいつものお前でないことだけは確かだ。」 「こっのバカキョン!!アンタはどこまで鈍感なのよ!」 「ハルヒ、言ってることがめちゃくちゃだぞ?」 「うるさいうるさいうるさ――――い!あんたはねぇ、あたしのことをぜんぜんわかっ てない!キョン!耳の穴かっぽじってよく聞きなさいよ!あたしはねぇ、アンタのこと がs・・・・!!」 そのとき、世界が崩れた。 しばらくの間、俺は目を開けることができなかった。世界が『崩れた』瞬間、俺は無 意識にハルヒを抱きしめていた。目を開けると怯えたハルヒが俺の腕の中にいた。あた りに目を配ると周りにあったはずの屋台や店がなくなり代わりに瓦礫の山があった。こ のとき初めて地震に遭ったという事を理解した。修学旅行先でまさか地震に遭うとはな。 これもハルヒの力か? 「ハルヒ、怪我はないか?立てるか?」 俺はハルヒの手をとり立ち上がろうとした。 「ほら掴まれy・・・!」 足が震えて立てなかった。情けないね。自分の足に拳で渇を入れ俺は何とか立ち上が る。ハルヒに手を差し伸べる。ハルヒは俺の手につかまるが足が震えて立ち上がること ができない。俺は震えるハルヒを抱きしめた。 「キョン・・・」 弱々しいハルヒの声。・・・みんなはどうなったんだ? 「ハルヒ!みんなを探さないと!立てるか?」 「立てるわけないじゃない・・・・。おぶりなさい!団長命令よ!」 震える声を絞り出すハルヒ。俺はハルヒをおぶり、ホテルへ向かうことにした。台北 の街はあちこちで建物が崩れ人々が救助活動に奔走している。谷口や国木田、阪中はど うなったのだろうか。早くみんなに会いたい。 どれほど歩いただろうか。日は暮れ、灯の消えた街は不気味だった。あちこちから人 のすすり泣く声や悲鳴、安否の取れない家族を呼ぶ叫び声などが飛び交っている。昨日 台北101から眺めた街とはとても思えない。あれほど美しかった街は 「キョン!ちょっと?まだホテルに着かないの?」 「・・・・・。すまん。実はな、ここがどこだかわからない。」 「えぇ?キョン!道に迷ったっていうの?」 「認めたくないがそのとおりだ。」 「まったく使えないわねぇ。」 俺の背中でずっと寝てたお前に言われたくはないんだがな。ハルヒは俺の背中から飛 び降りると俺をズバッと指差し、 「ちゃんとあたしのことを守りなさい!わかったわね!」 と言い放った。いつものハルヒに戻ったようだ。 「わかったよ。ハルヒ。」 「わかったならホテルに向けて出発するわよ!」 こうして冒頭に戻るわけであるが、いつまで歩いてもホテルに着きそうもないのはな いのはなぜだろうね。やっぱり暗いからか?とりあえずホテルに着かなきゃにっちもさ っちもいかないんだがな。 「ちょっと!キョン!ここどこなのよ!」 わかっていたらさっさとホテルについているんだがな。それにしても地震というもの はひどいものである。建物をなぎ倒し人の命を奪っていく。まったく人間というのは非 力なもんだね。 腕時計をみると時刻はすでに午後10時をまわっていた。月の見えない真っ暗な空が 閉鎖空間をイメージさせる。いっそのことここが閉鎖空間であったらどれだけ気持ちが 楽だったであろうか。ハルヒにキスするだけで・・・、いや楽でもないか。それはそれ で気疲れしてしまう。 「ねぇ。世界の終わりって今みたいなものなのかな?」 ハルヒが口を開いた。 「さぁな。そのころは俺たちは生きちゃぁいないさ。」 「でもね、あたしが何かしようとするたびにこの世界を壊しているような気がするの。」 「・・・・。」 「もし、わたしがSOS団なんて作らなければ、あたしやキョン、有希や古泉君、みくる ちゃんがもっと楽しく暮らすことのできた、『壊れていない』世界があったのかもしれな い。そう考えただけで・・・」 「それは違うんじゃないか?ハルヒ。俺は今、ハルヒとこうしている世界が『壊れていな い』世界だと思っている。それは長門や朝比奈さん、古泉も同じだと思うがな。」 「でも・・・。もし・・・」 「『もし』は無しだ、ハルヒ。俺からしてみたらお前のいない世界こそが『壊れた』世界 なんだ。」 俺はそのことを去年の12月に思い知らされているからな。 「ハルヒの世界もそうだろ?俺や有希、朝比奈さん、古泉がいない世界なんて考えられる か?」 そこまで言って気がついた。ハルヒは涙を流していた。 二日目3
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第七章 俺たちは30分ほどで学校に着いた。 そしてやっぱり神人が暴れていて校舎もめちゃくちゃだったし、校庭には神人に投げ飛ばされたと見られる校舎の残骸が投げ捨てられていてこの世の風景とは思えないようだった。 ハルヒはもうどうしていいのかわからないようにこう言った。 「ねえ、キョン。いったい学校に来てどうするつもりなの?」 「わからん。とりあえず校庭のど真ん中に行こうと思う。」 ど真ん中とはお察しの通り俺とハルヒが昔キスをした場所だ。 そこに着けば恐らく何らかのアクションが起きるはずなのだ、そうでなければあの未来人や朝比奈さんが止めるはずである。 俺はハルヒを半分無理やりど真ん中に連れて行った。 そのとき、ポケットに入っていた金属棒が金色に柱のように光りだし、ハルヒと俺を光の中に入れた。何がどうなってるんだ。 俺は慌ててポケットから金属棒を取り出した。 これでハルヒが普通の人間に戻ったのか? もちろんそんなわけは無く、その金属棒にひびが入った。 ピキピキ…割れていく。 中から茶色い棒が出てきた。 俺の嫌な予感は的中し、金属棒の中からポッ○ーが… やはりそうか。 ポッ○ーゲームか、それでキスしろってのか。 ハルヒは察したのか俺からポッ○ーを奪い取り口に加えて目を閉じた。 俺も目をつむりポッ○ーをくわえたそのとき、前のときのような光が世界を包み俺たちを元の世界に返した。 たまたまグラウンドはどの部活も使用してはいなかった。 あれ?朝比奈さんやら古泉やら長門やらはどこに行ったんだ? 閉鎖空間に閉じ込められたのか?だとしたら神人が全部消滅するまで空間は消滅しないはずである。 だとしたら朝比奈さんたちはどうなる。 いやハルヒの能力が消えたのだから閉鎖空間も消滅したのか?古泉は何も言ってはいなかった。 その時、後ろで俺を呼ぶ声がした。 「キョン君!」 朝比奈さんである。あの未来人と(小)方もいる、気絶したまま(大)にかつがれてるが…。 「朝比奈さんたち、どうしてここに?」 「古泉君に言われたんです。学校に向かってくださいと。これも規定事項ですし。」 「そうですか。」 この時ハルヒがあることに気付いた。 「有希は?」 そうだ長門は?朝倉と交戦中のはずのやつはどこに言ったんだ。 その問いには朝比奈さんが答えた。 「長門さんはあと1分ほどでここに現れるはずです。朝倉さんって人を倒して。」 よかった。 じゃあ古泉はどうなったんだ。 まさかあのとんでも空間に閉じ込められたままなのか? 長門がやってきた、古泉の事を聞いてみる。 「古泉一樹は閉鎖空間に残り、自爆して全て倒すつもり。」 自爆?自爆ってあれか?ボーンってなって死んじまうあれか? 「そう。」 古泉はどうなるんだ。 「死ぬ。」 どうにかならないのか。 「ならない。そうしなければ世界が滅ぶ。古泉一樹は世界を守るために死を選んだ。」 くそっ、俺の許可なしで死にやがって。 ハルヒは悲しい顔で「私のせいよ、私が転校生が来て欲しいなんて思ったから。だから古泉君は…」 落ち着けハルヒ。お前は何も悪くないし古泉のことは悲しいが今はこの状況を何とかすることが先決だ。俺たちを助けてくれた古泉のためにもな。 長門。朝倉はどうなった。 長門はいつぞやのカマドウマのとき同様、校門を指を刺した。 「すぐそこ。すぐ倒す。もう余裕は無いはず。」 その直後、校門から高速で何かが走ってきた。勿論。朝倉である。 朝倉は長門めがけて突っ込んできた。 不謹慎かもしれんがターゲットが長門でよかった。 ターゲットが俺なら一瞬でことは終わっていたからな。 長門は校庭のど真ん中で戦闘をおっぱじめた。 轟音が鳴り響く。 轟音で朝比奈さんが目を覚ました。 「ふえ?ここどこですか?あれ?この人私にそっくり。誰なんですか?そっちの男の人も。古泉君はどこいったんですか?」 なんというか、どっから説明していいのか。 とりあえずここで目を覚ますのは朝比奈さん(大)にとって来てい事項なんだろうか。朝比奈さん(大)に目配せしてみる。 朝比奈さん(大)が頷いた。 俺はいまいち状況を理解できていない朝比奈さんに説明した。 「この人は今の朝比奈さんよりも未来から来た朝比奈さんです。恐らく今まで朝比奈さんに命令を出してたのもこの人です。」 「え?そんな、まさか。」やっぱりと言うかなんと言うか、やはり混乱した。一応孤島のときのこともあるので古泉のことは伏せておいた。 朝比奈さん(大)が口を開く「そうです、私は未来のあなたです、いろいろな指令をいつも出していたのも私です。それからキョン君、この騒動が終わったらこの子にこの子がするべきことを全て教えてあげてください。」 「え?わかりました。」どういう意味だろう。七夕のときや一週間後の朝比奈さんが来たときの手紙のことを教えてあげればいいのだろうか。 長門が交戦中にも関わらずこっちを向いて叫んだ。「ダメッ!!」 すると「確かに頼みましたよ。」といって朝比奈さんの後ろで盾になるように大の字になった。 その瞬間である。鉄砲か何か、もしかしたら光線銃のようなものかも知れない。 一線。 俺の盾となってくれた朝比奈さんは倒れた。飛んできたであろう方向からは何も見えない。 血まみれになって倒れた朝比奈さん(大)を支えてあげる。「これも規定事項ですから…」 そう言って朝比奈さんは目を閉じた。 俺はハルヒに叫んだ。「朝比奈さんに見せるな!!!」 ハルヒは急いで朝比奈さんに抱きつき視界をふさぐ。 だが何もかも遅い。朝比奈さんは泣きじゃくり倒れこんでしまった。 ここで突っ立って傍観していた未来の俺が地団駄を踏み口を開いた。 「まさか!クソっ!それで未来を守ったのか。クソっ!」 そうか。朝比奈さんが朝比奈さん(大)を認識することで現在と未来がつながったのか。 それなら俺と未来人の時でも同じことが言えるのだが恐らくハルヒが生み出した不安定な未来なので朝比奈さんが朝比奈さん(大)を認識することで上書きされたのか。 恐らくこの未来人の規定ではここで朝比奈さんが死に、朝比奈さん(大)の存在に矛盾を出すためだったのであろう。 と言うことは未来人戦はこちらの勝利である。大きな犠牲を払ったが。 とち狂ったように未来人が言った。「もうお前ら全員殺してやる。」 おいおい未来の俺よ。なに言ってやがんだ。 その時、突然空が無数の点により暗くなった。 なんだありゃ。いろいろありすぎてわけがわからん。 第八章
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しばらくして食事を食べ終える古泉と朝比奈さん。再び話は再開する。 「さて、長門さんはようやく【過去】の話を終えたわけですが…ということは、 今度は何を話すか…大体予想はつくでしょう。洞察力の鋭いあなたならね。」 別に鋭くはないがな。 「お前が【過去】って言葉を強調したことから察すると、今度は【今】についてでも語ろうってか?」 「ご名答です、さすがですね。これから話すことは事態の核心に迫る代物です。 少し気を引き締めて聞いてもらえると嬉しいです。」 まあ、もとからそのつもりだ。 「いきなりですが、【フォトンベルト】という言葉をご存じですか?」 「本当にいきなりだな…ああ、聞いたことはあるぞ。よくテレビの怪奇特番だので、 最近おもしろおかしく扱われてる題材だろ?」 「その通りです。ではフォトンベルトについて、あなたはどこまで知っていますか?」 「んなこと言われてもな…聞いたことがあるってだけで全然詳しくはないぞ。 確か地球を滅ぼす類のものだったような記憶が。」 「それを知っていれば十分です。おそらく今から話す内容も、あなたなら差し支えなく理解することができるでしょう。」 「ならいいんだけどな。で、いい加減フォトンベルトとやらがハルヒとどう関係があるのか話してくれないか。」 「では、まずフォトンベルトの定義についてあなたに説明したいと思う。」 再び長門先生の出番だな、よろしく頼むぞ長門。 「フォトンベルトとは、銀河系にあるとされている高エネルギーフォトン、即ち光子のドーナツ状の帯。」 いきなり高度な説明がきたな。 「要は光子の集合体ってことか?」 「その認識で問題ない。話を続けるが、太陽系はアルシオーネを中心に約26000年周期で銀河を回っており、 その際、11000年毎に2000年かけてそのフォトンベルトを通過するとされている。」 「すまん長門…アルシオーネとは何だ?」 「プレアデス星団の中心的な星の呼称。」 「また質問してすまんが…プレアデス星団とは??」 「銀河系に属する新しい星団のこと。地球からおよそ10光年の距離にある。」 なるほど、わかりはしたが…なんとも掴みどころがない感じで 正直イメージし難い。 宇宙に関する知識があまりない俺には必然事項か。 「何やら苦しんでいる様子ですね。」 そりゃそうだろ古泉… 一端の高校生が大学で習うような 天文学的単語を聞かされているんだ。無理もないとは思うがな。 「できる限りわかりやすく説明するのであれば、初秋の夕暮れ時…東の空にて見られる青白い星の集団、 それがプレアデス星団です。我が国ではスバルと呼ばれ古くから親しまれています。 あなたも、この名前くらいはどこかで聞いたことがあるのでは?」 そう言われればなんとなくわかる気はする。 いや、やっぱりわからん。 「…長門よ、フォトンベルトについてもう少し詳しく説明してくれないか? ハルヒと関係があるない以前に俺があまりに無知すぎて、そもそも判断ができん。」 「了解した。では、まず【フォトン】について細かく説明したい。フォトンとは光エネルギーのことで、 粒子であると同時に電磁波としての性質を持っており、日本語では光子と訳されている。」 つまりは光エネルギーってことか。 「ところで、酸素や水素などの元素は原子から出来ていることはご存じ?」 「…いくらなんでもそれくらいはわかるぜ。授業でも習ったしな。」 「これらの原子の中心に陽子と中性子からできた原子核があり、その周りを電子が回っている。 この電子とその反粒子である陽電子が衝突すると双方とも消滅し、2個または3個のフォトンが生まれることが 知られている。地球上にはこうして生成されたフォトンの他に、太陽から飛来したフォトンが存在している。 太陽内部の核融合反応によっても生成された厖大な量のフォトンは地球に向かって放射され、 その一部は地球大気の吸収や散乱などを受けながら、粒子の状態で地表に達している。」 すまん長門、後半ほとんど聞いてなかった…この場合、この聞くという動詞には 英語ならばcanがついているところだろう。聞いていないのだから、即ちcan tだ! 「つまりこういうことだろ?さっきお前が言ってた10光年離れたプレ…プレなんとか」 「プレアデス星団。」 「そう、それそれ。そこに今言ったフォトンとやらが密集してる、それがフォトンベルトってことなんだろ?」 「そう。」 何だ、案外フォトンベルトって簡単じゃねえか。難しく構える必要もなかったな! …こういうときハルヒがいてくれれば俺に厳しいツッコミをしてくれたものを…。 『何得意げにアホ面してんのよこのバカキョン!?ただわかった気になってるだけじゃないの?』との侮蔑に対し、 『調子のってすみませんっした。』と、面白くもないコントを繰り広げていたであろうことは安易に想像できる。 今となってはノリツッコミで悲しいだけだが。とりあえずだ、フォトンベルトをイメージとしてだけでも 捉えられるようになったのだから、俺にとってはそれでもう十分だろう。俺にとっては。 「ただ、地球のそれとは桁違いの量のフォトンが充満している。」 え?地球にもフォトンとかいうのはあったのか?あ、もしかしてさっきの話にあったのか…聞いてなかった。 それより今話すべきは… 「ええっと…そんな桁違いのフォトンが集まってるフォトンベルトってのはあれか?危険な存在ってことなのか?」 「少なくとも、人類にとってみれば、あまり好ましいものではないと言える。」 俺が以前テレビ特番で見たように、フォトンベルトが地球滅亡と結び付けられていた理由も 今ようやくわかったぜ。そんな複雑な事情があったとは。 …ん?待てよ。 「だがな、長門。少なくとも俺が見た番組内では、否定派が肯定派を圧していたぞ。否定派からすれば フォトンベルトの危険性とかいうのは… 一部の疑似科学信仰者やオカルティストが存在と影響を主張するだけで 科学的根拠はないとか何とか。現にそう言っていた科学者もいたようだし…このへんはどうなんだ長門?」 「確かに、フォトンベルトというのは物理法則的にはありえない。なぜなら、そもそもフォトンは光子であり フォトンの帯が形成されることは基本ない。それに加え、太陽系は銀河系中心に対して約2億2600万年周期で 公転しており、プレアデス星団を中心に回るということは考えられない。実際に26000年周期で太陽系が 銀河系を公転したとすると光速度を超えてしまい、即ち特殊相対性理論に反するのは必至。 仮にプレアデス星団を中心に回っているとすると、そこには銀河系を遥かに上回る質量がなければならない。 フォトンベルト説では地球がプレアデス星団の周りを回っている説と、わずか26000年で銀河を回るという二説が それぞれ矛盾する、にもかかわらず併記されていることが多い。よって、フォトンベルト説が 暴論だと捉えられても無理はない。」 なるほど、全くわからん。 とりあえず…だ。フォトンベルトとやらが存在しえない産物であろうことだけは何となくわかった。 「フォトンベルトが存在するかどうか怪しいものなんだとしたら、なぜお前や古泉は執拗にフォトンベルトについて 俺に詳しく説明してくれていたんだ?おまけにだ、お前さっき『人類にとってみればあまり、好ましいものではない』 とか言ってなかったか。それを言うからには何か根拠があってのことだよな?一体どういうことなんだ?」 「涼宮ハルヒの能力が関与すれば、強引にでもそれらの物理法則を捻じ曲げることは可能。」 ??なぜそこでハルヒがでてくる?? 「涼宮ハルヒが、無意識であっても再び世界が滅ぶことを望めば… 存在不確定のフォトンベルトを実在するものとして、物理法則を無視して作り上げることは可能。 なれば、フォトンベルトが人類にとって最悪の方向へ向かうのは必然。」 なんてむちゃくちゃな…科学万能説終了のお知らせ。そうか、そういやハルヒには 願望を実現させる能力があったんだっけか…それなら可能っていう話もわかる。だが 「何をバカなことを言うんだ。ハルヒが世界を滅ぼす?あいつがそんなことを 思ってるとでもいうのか?いくら常人離れしたやつとは言え、そんなこと望むはずがないだろう??」 「あなたがそう言いたくなる気持ちもわかります。しかし、あなたにはついさっき長門さんが 話してくれたばかりなんですがね。涼宮さんが過去に何度も世界を滅ぼしたことがある、ということを。」 ッ! …なぜ俺はあのとき、こんな当たり前の質問を思いつかなかったんだろうかと思う。話の複雑さゆえに 思考がよく働いていなかったせいなのか?…何にせよ、今なら俺はこの質問を投げかけられる。 「そもそもだな…ハルヒはどうして世界を滅ぼしたりなんかしたんだ?」 根本的な疑問である。事の根幹を成す疑問である。これが解消されなければ… とてもではないが、俺は平然としていられることはできなくなるだろう。 「神だから…としか言いようがないのではないですか?」 …ハルヒが神みたいな存在だってことは認めてやる。長門の一連の話を聞いても、 尚それに抗うような野暮な人間では俺はないんでね。だがな…神であったとしてもだ、 それは全然理由になってないんじゃないか古泉?神だから滅ぼすだと?一体どういう理屈だ。 「本質的な理由はもはや本人以外には知りようがないでしょうね。ですから、憶測を挟む余地が あるのだとしたら、もはや我々には『神だから』という稚拙な理由でしか返答できないんですよ。」 だから、その『神だから』の意味がわからないんだが… 「涼宮さんが地球を滅ぼした時、世界はいつもどういう状況でしたか? 長門さんの説明を思い出してみてください。」 「…人間が私利私欲に走った挙句、戦争を起こしたんだよな。覚えてるぜ。」 「その通りです。ならば、世界の統治者とも言える神が…そのような世界を望んで維持させようとは思いますか?」 「…だから滅ぼしたってのか。」 「神という存在の捉え方にもよりますがね。争いが無く人々が幸せに暮らせる世界… 恒久平和が続く完璧な世界を創りあげたかった…のではないか。僕はそう考えています。」 …確かに、ハルヒがそういった類の理想郷を構築せんと邁進していたであろう事実は 長門の説明からみてとれる。その瞬間だったか、俺の中に新たなる疑問が生まれる。 「…ハルヒは第一、第二、そして第三世界時においては自分が神だっていう自覚はあったわけだよな? まあ、もともとが神の分身だったらしいから当たり前っちゃ当たり前なんだが。それでだ、なぜ今のハルヒには その自覚がない?そして、なぜ神という自覚がないにもかかわらず、フォトンベルトに干渉できる?」 「涼宮さんになぜその自覚がないのか…それについては返答しかねます。しかし、涼宮さんが 徐々に神としての意識を取り戻し…そして、それが何らかの経路で深層心理に働きかけていたとしたならば… 無意識にでも能力は発動し得ます。無意識にでも。それは、あなたが一番よくご存じのはずです。」 「ああ…確かに、あいつはそんな芸当が成せるやつだよな。それなら、いつからあいつにそんな自覚症状が 現れ始めた?いつ、そしてどういった契機でそうなったのか…それについては何か知ってるか?」 「涼宮ハルヒに異変が生じたのは昨日の…およそ午後6時15分あたり。」 なんだと??その時間帯って確か 「そう。涼宮ハルヒの意識が途切れ、失神した時間帯とほぼ同時刻。ならば、その時間帯にて 涼宮ハルヒに対し外部から何らかの干渉があったのは確実。肉体的打撃の痕跡がなかったことから、 重度の精神的ショックにより意識を奪われたと考えるのが妥当。」 「原因は??なぜそんなことに??」 「あの時間帯にて、私は微量ながら通常の自然条件においては発生し得ないほどの異常波数を伴う波動を 観測した。気になるのは、それが赤外線・可視光線・紫外線・X線・γ線等、いずれにも属さない 非地球的電磁波だったこと。これら一連の現象が人為的なものであると仮定するならば、現在の科学技術では 到底成し得ない高度な技術を駆使していることに他ならない。その波動が涼宮ハルヒの脳波に何らかの影響を 及ぼし、結果として『自身は神である』というある種の覚醒を引き起こしたのではないかと私は考えている。」 …… 「そして、これはあなたの先程の質問に対する答えとなるが…涼宮ハルヒの全容を私が知ったのもこのとき。 卒倒時、涼宮ハルヒから膨大ともいえる量の情報拡散を確認、同時に私はその解析にあたった。ただし、 その情報量が私個人のスペックをはるかに凌駕するものであったため、大雑把な客観的事象を除いては、 私は解析を中断せざるをえなかった。即ち、私があなたたちに話した内容というのは非常に断片的なもの。 十分な情報摘出ができず、私は申し訳なく思ってる。」 …いや、むしろ俺はそれに対し感謝せねばならないだろう。断片的だったその情報に関してですら、俺は 理解が追いつかなかったのだから。それ以上の説明をされたところで頭がオーバーヒートしてしまうだけであろう。 「長門さんは、本当によく頑張ってたと思います!」 珍しく声を張り上げる朝比奈さん。一体どうしたのだろう? 「実はあのとき…彼女は」 「古泉一樹、朝比奈みくる。そのことは他言無用と言ったはず。」 「すみません長門さん。しかし、彼には伝えておくべきです。いえ、僕が彼に知っておいてもらいたいのです。」 「そうですよ!またあんなことが起こったらどうするんですか!? キョン君を心配させたくないって気持ちはわかりますけど…それでも!」 何だ何だ??長門に何かあったってのか?! 「実はですね、あのとき僕たちが止めなければ彼女は…ちょうど内部容量を超え フリーズしてしまったパソコンのごとく、二度と機能しない体になっていた可能性があるんですよ…。」 パソコンは電源を落として起動させればまた使えるようになる。しかし長門はどうだ? いくら情報思念統合体とはいえ、体は人間のそれと一緒なはず。そんな彼女がフリーズを起こしてしまったら…?! 「長門!?どうしてそんな無茶なことを!?」 おそらく長門のことだ…無理やりだとわかってても、なるべくなら 情報の取りこぼしは防ぎたかったのだろう。だが…それとこれとは別問題だ。 「以前言ったよな!?無茶はするなって…!何かあったら俺に言えって…!そりゃ、あのとき俺は ハルヒのとこに向かってていなかったし、仮にいたとしても俺のような一般人がその解析とやらを 助けてやることはできんかったろうが…そういう問題じゃねえんだよ!俺も、そして古泉や朝比奈さんもだが… お前の無理するとこは誰も見たくねーんだ!!ここにはいないがハルヒもな。だから…長門、俺に約束してくれ。 二度とこんな真似はしないってな。もしやるようなら…罰金だからな?それがSOS団ってやつだ。」 「…っ。」 罰金という言葉に反応したのか、それまで重かった(ように見えた)長門の顔色が不意に明るくなる。 「…わかった。私も、罰金は払いたくない。」 シャッターチャンスだったかもしれない。そう思わせるような…優しい表情だった。 …で、ふと思ったんだが…。 「もしそれが人為的なもんだったとしたら、犯人は未来人かもしれないってことか?」 「未来技術を応用しているのだとすれば、犯人が未来人であるという可能性は非常に高いと思われる。」 …… 俺は思い出していた…二日前、放課後にて俺の下駄箱に入っていた… 一枚の手紙に書かれていたことを。 『どうか、未来にはお気をつけください。』 ハルヒをこんなことにしやがったヤツは未来人ってことかよ。 あの手紙の意味がようやくわかったぜ…朝比奈さん大には感謝しねーとな。 ふと朝比奈さんのほうを見る俺。 「え、ええっと、キョン君??今の話だと犯人は未来人だとか何とかそういうことらしいですが、 決して私は犯人じゃないですよ?!?どうか信じてください…。」 涙目ながらに懇願する朝比奈さん。どうやらこのかたは何か勘違いをなさっているようだ…。 「誰も朝比奈さんが犯人だなんて思ってませんよ!?」 「…じゃあどうして今私のほうをジロっと見たんですかぁ…?」 う…これはまずい。朝比奈さん大のことを思い浮かべ、朝比奈さん小をついつい見てしまったなどとは 口が裂けても言えない。なぜなら朝比奈さん大のことは本人(小)には話さないようにと…以前彼女と そう約束したからだ。詳しい理由はわからんが…やはり大人となった自分に過去の自分が会ってしまう、 あるいは存在を認知されてしまうというのは、時系列上いろいろと問題が生じてしまうのであろう。 「いえ、この事件には未来が関与してるとか…そういったことが今しがたわかったので、 未来人である朝比奈さんは何かそういう情報を掴んでいないかなあと思って見たってだけの話ですよ。 何か知ってることとかありませんか?最近未来で不穏な動きがあったとか何とか。」 ふう、なんとか上手くごまかせたぞ。 「あ、そういうことだったんですね。…そうですね…不穏な動きですか…。」 「些細なことでもいいんです。何かありませんか?」 「…そういえば最近藤原君たち一派が事あるごとに時間移動していたのがちょっと気になります…。」 …やっぱりそうだったか藤原よ。一連の事件の一部始終がお前の差し金だったんだな。 まあ、朝比奈さん大と直接会って『藤原くん達の勢力には気を付けてください。』 と忠告されていた段階ですでに薄らと気付いてはいたんだが。 「長門よ、今朝比奈さんの言ったこと聞いたよな?ということは、犯人は藤原一派で確定か?」 「そ、そんな、時間移動といっても、もしかしたらそれは私のただの勘違いだったかもしれませんし、 たったそれだけの情報で藤原君たちを犯人扱いしてしまうのは…」 うーむ…朝比奈さん大にそう言われたと本人には言えないからなあ…苦しいところだな。 「もちろんその可能性もある。まだ確定したわけではないが、彼らを警戒するに越したことはない。 その場合、以前彼らと連動していた天涯領域や橘一派に対しても同様の措置をとるべきだと考える。」 長門の言うとおりだな。 「……」 何か言いたげな顔をしている朝比奈さん。一体どうしたんです? 「ええっと…犯人が藤原君たちでしろそうでないにしろ、 いずれにしても 犯人は未来人だっていうのはもう決まってるんですか?」 「可能性は非常に高いですね。」 「だとしたら、私にはなぜこんなことをするのか理解しかねます…。」 「?どういうことですか?」 「考えてもみてください。涼宮さんに神としての自覚を促すということは…つまり、この世界をもう一度 滅ぼしかねない可能性を与えてしまうってことなんですよ?当たり前のことですが、現行世界が消滅してしまえば つまりは未来だって消滅しちゃいます。私たち未来人からすれば帰る場所が無くなっちゃうんですよ。 にもかかわらずそんなマネをするなんて…あんまりこういう言い方はしたくはないんですけど、これじゃ 自殺行為と変わらない気がします…そういう人たちがいるのだとしたら、とても正気の沙汰には思えません…。」 肩を落として悲しげな表情をする朝比奈さん。やめてください、あなたにはそんな表情似合いませんよ…。 それにしたって、朝比奈さんの言い分も至極当然である。一体どういった目的でハルヒにこんなマネをしたのか? 犯人が未来人だったとしたなら、なおさら考えさせられるべき問題だ。 「古泉、理由に関して何か見当はつくか?」 「こればかりは僕にもさっぱり…最大の謎としか…。」 「そうか…長門、お前は何かわからないか?」 「古泉一樹同様、見当の余地もない。何より、現段階では情報が少なすぎる。」 誰にもわからない…か。それならいくら悩んだって仕方あるまい。 …そういえば 「なあ、長門。」 「何?」 「仮にハルヒに神としての意識が復活したとしても、ハルヒがこの世界を好きになれるように… 維持したいと思わせるように俺たちが働きかけることができるようなら、世界は消滅せずに済むんじゃないか? 原理的にはあれだ、いつぞやの閉鎖空間のときみたいにな。」 「…それは非常に厳しいと思われる。」 どうして!?と言いそうになったが改めて考えてみりゃ、ハルヒは過去三度も世界を滅ぼしてしまった 神様なわけで、そういう事例がある限り俺らがいくら説得したところで態度を変えるかどうかは… 常識的に考えたらそれは困難だろう。いや、困難どころか不可能に近いかもしれん。だが 「万が一にでも説得に成功すれば世界は崩壊せずに済む…そういうことだよな? 可能性がゼロじゃない限りは、希望はあるはずだよな?」 しかし、長門から発せられた言葉は…無機質で冷めていた。 「仮に成功したとしても、事態の解決は望めない。」 …… 一瞬『万事休す』という言葉が頭をよぎる。 …ちょっと待ってくれ… 本当にどういう状況なんだ?? 「涼宮ハルヒの能力は、あくまでフォトンベルトによる人類への悪影響を助長しているに過ぎない。」 わけがわからない。 「つまり涼宮ハルヒの能力の有無には関係なしに、 フォトンベルトは人類にとってマイナスベクトルへと推移している可能性がある。」 …え? 「お、おいおい…それじゃあアレか!?ハルヒが望むにしろ望まないにしろ… いずれにしても世界は滅ぶ運命にあると、お前はそう言いたいのか??」 「そういうことになる。」 「待ってくれ!?さっきハルヒの能力無しには地球崩壊の科学的根拠は成立しないって言ってたじゃねえか? それにだ、そもそもフォトンベルトとかいうのが存在するかどうかも疑わしいんだろ?ハルヒが望めば、 お前がさっき言ったように物理法則でも無視してフォトンベルトとやらを作りあげるんだろうが… 裏を返せば、つまり望ませなければ、そんなもんも誕生しないってことだろ?? それなのに、なぜお前はフォトンベルトがあること前提で話を進めているんだ??これじゃ納得できねえ…!」 「きょ、キョン君!落ちついてください!長門さんだって、私たちと気持ちは同じはずなんです!」 …… 朝比奈さんが叫ぶなんて珍しいこともあるもんだ。そのせいか…体から熱がひいていくのがわかる。 しまった…俺は熱くなり過ぎていた。無意識だっただけで、俺は長門に対して どことなくぶっきら棒な言い方になってしまってたんじゃないのか…? 「あ…すみません、出過ぎた真似でした…!長門さんにも…勝手に気持ちを代弁しちゃってごめんなさい…。」 「いい。私もこの世界は安寧であってほしい。それはあなたたちと同じ。」 「朝比奈さん…むしろ言ってくれてありがとうございます。おかげで冷静さを取り戻せました。 それと長門…ゴメンな。お前を問い詰めようとか、そういうつもりはなかったんだ。」 「わかってる。言うなれば、【フォトオンベルト】の定義を曖昧のままにして話していた私のミス。 存在の確証も無しに【フォトンベルト】という語源を安易に会話に使用していたのは相手に誤解を招くには 十分な行為であり、私の不覚といたすところ。従って、次回から私の言う【フォトンベルト】とは、 あくまでそれに類似した何かであって、いわゆる一般的に厳正定義されているフォトンベルトとは 差別化することをあなたに伝えておく。これでいい?」 「つまり長門さん、こういうことですよね。確かに、『いわゆる肯定派が唱えるフォトンベルト』が 存在する確証などどこにもない。しかし、フォトンベルトに近しい何かが太陽系全体に接近しているのは 紛れもない事実であり、いくつもの科学データがそれを証明している。そして、その事実が地球に 害を及ぼしかねない可能性を示唆している。」 「そういうこと。」 古泉がフォローに入ってくれた。なるほど、なんとなくだがわかってきたぞ。つまりフォトンベルトではなく、 近しい別の何かと考えればいいんだな。ただ、その近しい別の何かの具体的呼び名が今はない。 ゆえに、とりあえずは暫定的に【フォトンベルト】という呼び名でこの場は定着させましょうということだ。 …… って、近しいって何ぞや?? 「長門、近しいって何ぞや??」 反射的に心の声がダイレクトに出てしまった。だってその通りなんだから仕方ないじゃないか! そうだろう??ただでさえフォトンベルト自体が意味不明なのに、それに近しいって一体全体何なんだ?!? 「フォトンは先述したように…」 しかし、そんな俺のふざけた口調にもかかわらず長門は黙々と答えてくれている。 何も反応がないってのも…それはそれでちょっと悲しいもんだな…。いや、待て 一瞬だったが、俺は長門の口がにやけたのを見逃さなかった。 「電子と…反電子の物理、的崩壊によって…」 言い方も何かもぞもぞとしておかしい。確信した、長門は間違いなく俺の『何ぞや』に受けている。 なんとも、世の中には変わった笑いのツボをお持ちのかたがいるもんだ。 「長門…そんなに何ぞや?がおかしかったのか?」 「今話してる途中…というか、そんなことはない。」 「無理しなくていいんだぜ?」 「そんなことはない。」 「ホントか?」 「そんなことはない。」 「やっぱ面白かったんだろう?」 「そんなことはない!」 !? 「おやおや、キョン君も人が悪い。まさか女性を辱めて悦に浸る趣味をお持ちとは、思いもしませんでしたよ。 そのせいでしょうか、長門さんも随分とご立腹のようです。」 「そうですよキョン君。せっかく長門さんが一生懸命お話していたのに…そりゃ長門さんでも怒りますよ!」 なんということだ…長門には怒られ、古泉と朝比奈さんはその長門の援護射撃に入ってしまわれた。 さらば俺フォーエバー! 「…とにかく、話を続ける。」 「長門マジすまん、許してちょんまげ。」 「…今の…面白かったから…許す…っ。」 「キョン君、あなたは本当に何を言って…呆れて笑いが込み上げてきたではありませんか。」 「ちょ、キョン君、こんな重要な話の途中に何言って…くっあはは。」 朝比奈さんの言うとおりだよ。何言ってんだよ俺は…??ハルヒがいないからって テンションがおかしくなってるんじゃないのか??いや…こんな重たい話だからこそ 反動で笑いを取りに行ってしまったのかもしれない。何にせよ、こういう空気もたぶん必要…だと思う。 「本当に話を戻す。フォトンは先述したように電子と反電子の物理的崩壊によって生まれた光の粒子だが、 人間が一般的に知る光とは異なり、多次元の振動数を持つ電磁波エネルギー。したがって大量のフォトンに さらされたとき、真っ先に重大な影響を受けることになるのは地球の地磁気や磁気圏…最も深刻な影響は 地球磁場の減少。19世紀初頭以降、その動きが活発化。その減少率が……」 話は続いた。 その後も長門から様々な科学データの提示、説明を受けた。地磁気減少による地球被害はもちろん、その他にも 太陽系惑星が総じて地球と同じ温暖化現象にあるということ、天王星や海王星でポールシフト即ち地軸移動が 起きたということ、土星や金星の明るさが劇的に増しているということ、周期的に沈静化するはずの太陽黒点が 一向に衰えないということなどなど、それはそれは幾多の情報処理に膨大な時間を削られたさ、ああ。 …… ふう… あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ …と発狂したくなるところだったが、俺にも人並みの精神力がある。心の中では叫んでいても、 実際それを口に出したりはしないさ。つまりである、俺は長門や古泉による複雑怪奇&高度な説明を 長時間に渡って聞き続け、すでに俺の脳内は限界に達してしまっているのである。言わずもがな、 思考回路も悲鳴を上げてしまっている。このままではまずい…俺は古泉に渾身の一言をぶつける。 「古泉、休憩をとらないか?」 「奇遇ですね。実は僕もあなたと全く同じことを考えていたところだったんですよ。」 話に夢中だった俺は気付かなかったが…いつのまにか古泉の顔も、俺に負けんと言わんばかりの 疲弊具合ではないか。そして、朝比奈さんも朝比奈さんで同様の様子。 そうか、みんな疲れていたのか。そりゃ無理もないさ。 「食事を食べ終えた後ですし、ここはみんなでデザートでも取りませんか? 甘い糖分は思考を活性化させてくれますし、気分転換も兼ねて一石二鳥というものです。」 良いことを言うじゃないか古泉よ。いい加減何か甘いもんが欲しかったところだ… 疲れを癒すためにも、俺はこの久々のくつろぎ空間を思う存分味わうことにしよう。 注文を聞きにこちらへとやって来る店員…まあ、つまりは森さんなわけだが。 「私はバニラカフェゼリーでお願いします♪」 「そうですね…では僕はチーズケーキを。」 「私は白玉アイスを希望する。」 「俺はチョコレートパフェで。」 「バニラカフェゼリー、チーズケーキ、白玉アイス、チョコレートパフェをそれぞれ一つずつですね。畏まりました。」 颯爽と去っていく森さん。これで数分後には美味しいデザートにありつけるというわけだ…。 「おやおやキョン君、早く食べたそうな感じですね。」 「当たりめーだろ。そういうお前も同じ穴のムジナだ。」 「バレてしまいましたか。腹が減っては戦はできぬとは、よく言ったものです。」 戦じゃなくて話し合いだけどな…まあ、いずれにしろ疲れることこの上ないが。 「私も早く食べたいですうぅ…。」 干からびたかのごとくぐったとしている朝比奈さん。待ち遠しい気持ちは十分わかりますよ。 「長門、お前はいつもながら平静を装ってるわけだが、やっぱりお前もデザートが待ち遠しいか?」 「待ち遠しいか?と聞かれれば、間違いなく今の私は『はい』と答える。」 つまり待ち遠しいんだな。 そんなこんなで、ゾンビのごとくうなされていた俺たちのもとに… 5分後くらいであったろうか、ようやく希望の品が届いたのであった。 「ゆっくり召し上がってくださいね♪」 またまた颯爽と立ち去っていく森さん。言われなくともそうしますとも。 …… 口の中にゆっくりと広がる甘いチョコの味…くうぅぅ!これはたまらん。 状況が状況だっただけに余計に美味しく感じるぞ。 「ああ…幸せです♪」 「さすが新川さん、良い仕事をしてますね。」 朝比奈さんも古泉も甚だしくご満悦の様子だ。 「いつか…。」 ん?何か言ったか長門? 「私もいつか、こういうアイスのような…美味しくて甘いデザートを作れるようになりたい。」 !? … 一瞬びっくりしたぜ。お前がまさか、こんな女の子らしい言葉を口にするなんてな。 お前の料理熱はカレー方面だけかと思い込んでいた俺だったが…どうやら料理全般に興味があるようだな。 一体いつのまに…?いつの日か、お前がデザートを作れる日を心待ちにしてるぜ。 さてさて、二重の意味で甘い時間を堪能していた俺たちであったが、いつまでもデザートに 甘んじているわけにもいくまい。本当は延々とのんびりくつろいでいたいが…ココに来た本当の理由を 忘れちゃいけねえからな。ハルヒの今後がかかってる重要な会議ってことくらい…いくら怠慢な俺でも 常時頭の隅っこには入れておいたさ。そもそも、ファミレスでこんな深刻な話をしていたこと自体、 客観的に考えれば信じられないことこの上ないが…とりあえず、話を再開させるとするぜ。 しんどいが、これもハルヒのためだ。 「で、他に何か俺に話さなきゃならんことはあるか?」 「実はですね、これと言ってあなたに話さねばならないことはもうないのですよ。」 「何、そうなのか?」 「ええ、そうです。実に長きにわたって頭が痛くなるような話を聞いていただいて…本当に今日はお疲れ様でした。」 「…いやいや、お前も説明いろいろご苦労だったぜ。」 「それはどうもです。…そうですね、何か我々に尋ねておきたいことはありますか? その質問に応じて、今日はお開きにしたいと思ってます。みんな疲労困憊のようですしね。」 尋ねたいこと…と言われてもだな、俺が今日どんだけ長門先生にご師事を受けたと思ってんだ… 彼女が一連の説明において、何か取りこぼしているようには全く思えない。ゆえに、俺には 質問すべきことなど何一つ残されてはいないのである。よし、それじゃあ今日はこれでお開きとするか。 …… …? …何か喉につっかかる…はて、一体これは何だろうか。 疲弊しきった頭をフル動員させ、その違和感を探索すべく渾身の力を振り絞る俺。 …… 夢… そうだ、夢のことだ…! 「みんな、ちょっと俺の話を聞いてくれ…。」 俺は話したのだ。そう…昨日、一昨日と…俺が夢の中で一部始終見ていた惨劇を。もちろん、 話したのには理由がある。長門や古泉から今日受けた話と俺が見た夢との間に、随分な数の類似点を 見出したからだ。聞いてるときに感じたデジャヴ感とは、このことだったんだな。 …… 「なるほど…確かにその夢はいろいろと筋が通ってます。例えば地球滅亡の様子においては 火→氷→水と…見事に涼宮さんの第一、第二、第三世界崩壊の末路と被っていますね。 そして水に包まれた後、地球が消滅…正しくは見えなくなった…そうですよね?」 「ああ、そうだ。」 「それも実は説明がつくんですよ。フォトンベルトの作用に照らし合わせればね。」 何、あれはフォトンベルトによるものだったのか?? 「そこのところを詳しく説明したいと思う。実は、地球はフォトンベルトの周辺部にあるヌルゾーン と呼ばれるエリアに突入する際、暗黒の中で星さえ見ることが出来ない状況に置かれる可能性がある。」 「暗黒?まさか地球が見えなくなったのはそのせいか…?で、それは一体どういう原理だ??」 「光子の影響で太陽光が視界から遮られる状況に置かれるから。 光源体が無ければ、人は物を識別することはできなくなる。」 「太陽光が全く当たらなくなるだって?それはあれか?例えばある場所が昼時ならば、 その地球の反対側に位置する場所は夜だとか…そういう当たり前の話じゃないってことか?」 「そう。地球の球体全てが暗闇に包みこまれる…そして、太陽光が当たらなくなった際には 地球全土で寒冷化現象が起こり、瞬く間に地球は極寒の地へと変貌する。」 恐ろしい事態だなそりゃ… 「それだけではない。地球の電磁気フィールドがフォトンエネルギーによって崩壊させられることにより、 あらゆる電気装置が操作不能となる。もちろん、人工的な照明器具類も一切用を足さなくなる。」 「つまり…完全なる暗闇…ってわけか。」 「そういうこと。」 …… 万が一にもそういうことになれば、本当に地球は終わってしまうではないか。 「ちなみに…フォトンベルトに完全に突入するとされる時期はいつ頃かわかるか…?」 「今年2012年の12月23日だと推定される。その場合、翌日24日までに第四世界の崩壊は完了される。」 …… 俺が二日前に見た夢の世界での日付を俺は覚えている… ああ、長門の言うとおりだ、確かに12月23日だったよ…あの忌まわしい日はな…。 …なるほど、今の長門の説明で全てに納得がいった。 冬にもかかわらずの酷暑は地磁気の漸進的低下による環境変化のせい… 有り得ない規模の大地震は地球の磁場が消滅したせい… 助けを呼ぼうにも携帯電話やラジオが全く機能しなかったのは光子による電磁波のせい… ハルヒを見つけた際に辺りが真っ暗になったのは太陽光が遮断されたせい… その直後に急激に冷えだしたのは寒冷化のせい… …… あの夢は…まさか予知夢だったとでもいうのか?じゃあ、まさか本当にあんな出来事が後一カ月ちょいで… いや、ふざけんじゃねえ…!?指をくわえて、家族や友人が死ぬのを待ってろってか? 「そんな未来、俺はぜってぇ認めねえ…。」 「何一人でいきりたってるんですか貴方は。『俺』じゃなくて『俺たち』でしょう?」 「そうですよ。私たちも協力しますから!絶対にそんな未来になんかしちゃいけません…!」 「もちろん、私も協力する。」 「みんな…ありがとう」 本当に良い仲間に恵まれたと思う…俺は。 「…それにしても、どうしたって俺はあんな夢を見ちまったんだ? 予知夢にしたって、俺にはそんなもんを見れる特異体質だの何だのあるわけでもない…。」 「…これは僕の推測ですが。おそらく、あなたに未来を見せたのは涼宮さんの力によるものでは? 一度目、そして二度目の夢にも際して涼宮さんの…助けを求める声が聞こえたらしいじゃないですか。 それが何よりの証拠かと。」 …… つまり、ハルヒは俺に助けを求めていた…? 「無意識ながらも神としての自覚を取り戻しつつあったのなら… キョン君に地球の崩壊を止めてほしかった…からじゃないかな?私にはそう思えます…。」 朝比奈さんの言うとおりなのだとしたら、俺が翌日ハルヒに対して思っていたことは 杞憂でも何でもなかったことになる。俺の読みは間違っていはいなかってことかよ… できればはずれてほしかったがな。まあ、もはやそうも言ってられまい。 「とりあえず俺のことはこれで置いといてだな、これから俺たちは何をすればいいんだ? どうすればハルヒと…そして世界を救える?」 「有効な策が現時点では思いつかない…というのが実状ですね…情けないですが。」 「そうですね…相手が未来人なのなら尚更です。万が一にも追い詰めたとしても、時間移動されてしまうのが オチでしょうし…それに、まずどこにいるのかもわかりません。他の時間平面上に潜んでいて、涼宮さんに 干渉する時にのみこちらの時間軸に顔を現したりするようでしたら、こちらからは何も手が出せません…。」 「つまり…ハルヒの近くに連中が現れるのを待つしかない…と?」 「端的に言えばそうなる。」 「少しばかり悔しいですがね。こればかりはどうしようもありません。」 古泉、長門、朝比奈さんの言うことに倣うのであれば、つまり、今俺たちにはハルヒを見守ってやることしか できねえってことか…納得いかねえが、しかし仕方ないことなのだろう。その代わり、連中が現れた際には 全力をもってハルヒは守るつもりだがな。よしんば、ヤッコさんも袋叩きにできれば言うこと無しだ。 …ああ、わかってるさ、そう簡単に上手く裁ける敵じゃねえってことくらいな。なんせ相手は未来人だ。 でも俺には頼れる仲間がいる…そう思えば少しは気が楽になるってもんだろう…。 そんなこんなで今日はお開きとなった。言うまでもないが、俺は今から家に帰って睡眠をとる必要がある… いくらハルヒを守ると言えど、万全な体調で挑まねばそれこそ意味がない。万一にも思考回路が働かない などという事態に陥れば、それこそ本末転倒であろう。それに、一旦長門たちの話を整理する時間も必要だ。 時計を確認する俺。時刻は…朝の6時10分か。なんと、俺たちはいつのまに こんなにもの長時間を会話に費やしていたというのか?時の経過は早いのだとつくづく実感する。 疲労した体で家に戻った俺は、早速ベッドに横になった。今すぐにでも眠りそうな勢いである… 昼夜逆転してしまったが、一日くらいどうってことないだろう。ハルヒのためだと思えば何ら惜しくはない。 …… 寝る前に俺は夢のことに気づく。そういえば、またしても俺は何かしらの夢を見てしまうのであろうか? 昨日、一昨日と、見た内容が内容なだけに寝るのが恐ろしく感じられるが…しかし、 古泉や朝比奈さんの言っていたように、あれらがハルヒの俺に対する何らかのメッセージなのだとしたら… 俺はそれから目を逸らすわけにはいかないだろう。というか、そんなことは許されない。 …意識が薄れていく。そろそろ眠りに入る頃合い…か。 ま、覚悟はできてるぜ。どんな夢でもかかってこいや。 俺は ゆっくりと目蓋を閉じた
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第一章 3月も末に入る。 ついに1年も終わり、2年生へと向かうのだが、自覚も湧かない。 地獄のような坂で谷口の話を聞くが右の耳から左の耳へと通り抜ける。 授業も学習範囲を終え、自習に近い時間が多くなる。 ………憂鬱だ。非常に憂鬱だ。 そんなアンニュイな気分を勝手に打破するのは、我が団体の団長様だ。 今なら、ハルヒの厄介事に付き合っても良い。 すぐに「やれやれ」と言いながら、前言撤回するのはいつもの事なのだがな。 放課後 俺はドアをノックして中に入る。 はい、前言撤回だな。 いつもと変わらない部室。 だが、異常な空気だけが立ち込めていた。 原因はあいつとわかりきっていたが… 「あ、こんにちは。い、今お茶いれますね。」 おどおどしながら、朝比奈さんは俺のためにお茶をいれだした。 「やあ、どうも。」 苦笑混じりの古泉が話かけてきた。 「これは、何だ?」 「さぁ解りません。」 古泉は手をひらつかせるポーズをとる。 「ただ、彼女は不機嫌なのでしょうね。」 「はい、お茶です。」 目の前に湯呑みが置かれた。 「いつも有難う御座います。ところで、朝比奈さんは何があったか知ってますか?」 「さぁ………わたしが来た時には、もうあの状態でした。」 「心配なら、直接聞いてみては、いかがでしょうか。」 「だが断る。」 どうせ、あいつから話す時は来る。それまで気長に待とう。 できれば、話して欲しくはない。 「ねぇ、キョン。」 ほら来た。 「自分の一番信頼する人を殺すってどんな気持ちかな?」 「やれやれ」では済まない事くらい気づいた。 それが悪夢の始まりだった事くらい……な。 古泉は似非笑いが消え失せていたし、 朝比奈さんは、ド派手に転んだ。 長門に至っては、いかれたアンドロイドのようにハルヒを凝視している。 「聞いてるの?キョン」「聞いたが、質問の意図が分からん。」 そう問うと、ハルヒはしばらく黙り、面倒臭そうに話した。 「今、あるアーティストのPVを見たのよ。」 それは、誰もが知る超有名ロックバンドだった。 そして、そのPVの内容にえらくはまってしまったらしい。 ハルヒはその内容を説明するが、えらく長いので俺が要約するのをお前らに見せる。 男は言った。 「このナイフには、記憶がある。」 ある老人が一人。 かつての栄華は見る影も消え失せ、唯一人寄り添って世話をする執事が一人。 自らの悲運を嘆き、自分の死を悟った老人は、一本のナイフに呪いをかけた。 「今から100年の後、このナイフが世界の終末をもたらすように……」 ナイフの呪いに立ちはだかる者は、自らの意識に反し、人を殺める。 主人の企みに気づいた執事は、このナイフを処分してしまおうとした。 だが既に呪いは始まっていた。 長年に渡ってひたすら仕え、敬愛してきた主人の胸にナイフを突き立てる執事。 直前に主人の耳元で囁いたのは、その行為とは裏腹に自分が如何に貴方を尊敬し、 その下で仕えた自分の人生を誇らしく思ったかという、愛に満ちた言葉であった。 その後、このナイフは世界中を巡る。手にした者の信頼する人を殺めながら。 長いだろ。 まだ続きがあるらしいのだが、割愛させて頂く。 何故かと聞かれたら、実際に見ていない人の楽しみを奪ってしまうと弁明する。 決して面倒な訳ではないぞ。 続きは、自分の目で見てくれ。 言っておくが、俺は宣伝マンではない。 「………で、どう思った?」 どう……とは? 「だーかーら!!」 ハルヒ人差し指を突き出して言った。 「さっきの質問に答えてよ。 これ見て何も感じないなら、鈍感を通り越してバカよ。バカキョン。」 そんなにバカバカ言うな。あながち、間違いではないのだが。 「殺す側から見ると、絶望的だな。 何でこんな事してしまったんだって感じか?」 「ふーん。」 「殺される側から見れば、まさかって気分だろう。 でも、一番信頼出来る人の前で死ねるなら、俺は本望だがな。」 「……変な本望ね。」 そりゃどうも。 「お前には殺されたくはないけど。」 「ほーう?このSOS団の団長を信頼出来ないと言いたいの。」 ヤバい。口が滑った。 「いや、違う。そういう意味じゃー」 「もういい!!バカキョン!!」 ハルヒは怒っているようで、どこか哀愁感を漂わせ、 「今日はもういいや。解散!!明日は9時に駅前ね。遅れたら罰金だから。」 と言うと一目散に部室を出て行った。 「相変わらず、女性の扱い方が下手ですね。」 煩いぞ古泉。そして、俺のケツ見て話すな。 「お気にせず。ところで、彼女に今みたいな対応をしないで下さい。閉鎖空間の素です。 その内、僕のストレスも溜まって、あなたのアナr」 黙れ。 「冗談ですよ。一割。」 どこらへんが一割なのだろう。 「わたしが推測すると『お気にせず』の部分だと思われる。」 要らない注釈は困る。 「あなたが求めた。違うの?」 ………違わないさ。 「余談は後にしましょう。もうお気づきですね?あなたは、涼宮さんに殺されますよ。」 涼しい顔でその死亡宣告は困る。 死亡宣告? 「マジか!?」 「ハッキリ言いましょう。大マジです。」 「俺の発言のせいなのか?」 「いいえ、何にせよ彼女はあなたを殺るはずですよ。彼女の見たPVとやらが起点でしょうから。」 どうにか防げないのか? 「我々が全力であなたを保護します。それと、彼女が見たPVを僕達も実際に見てみましょう。」 古泉はパソコンをいじりだす。 十分も経たないうちに、神妙な顔つきになる。 「これは………。」 何か解ったか? 「いいえ、全く解りません。ところで長門さん。涼宮さんの今の精神状態は、分かります?」 「彼女はいたって正常。」 長門が語り出す。 「しかし、あの映像を視聴・理解したと同時に強烈な感情の変化と、 微弱な情報爆発と閉鎖空間を確認。そして先程、再度閉鎖空間を確認。」 「…なるほど、やはりそうですか。」 この二人は多分知っていたのだろう。 俺は古泉を見た。 お前、行かなくて良かったのか? 「生憎、規模が極小でして、それにどちらも直ぐに収まったのですよ。」 「閉鎖空間は発生後、自己消滅した。」 「おや、僕はてっきり誰かが神人を倒したのかと思ってました。」 「消滅までの所要時間は1分42秒46その間に閉鎖空間に出入りした者はいない。」 「それは珍しい。」 「あ、あの!!」 どうしたんですか朝比奈さん。何か理由を知っているのですか? 「いえっ、大切なお話の途中申し訳ありませんが着替えるのでっ。」 もうそんな時間か。 時計を見ると既に5時を回っていた。 「これは失礼、すっかり話し込んでいたようですね。」 古泉と俺は、部室の前で着替えが終わるのを待ちながら、話した。 「かなり話しを戻しますが、」 横のニヤケ顔が話す。 「彼女は愛されたいのです。」 ふーんとしか言えなかった。 「まさに、恋する乙女ですよ。あなたに愛されたいあまり、あのPVを見て、それに自己投影してしまった。」 俺に愛されたいあまり? 「そうです。あなたが彼女への気持ちをハッキリさせないから、 こういう事になるのです。まさに、自業自得ですよ。」 これが自業自得なら神はどれだけ不平等な考えなのだろうか。 だいたい、ハルヒが俺を殺すなんて思うのか? 「それはあくまでも、彼女の潜在意識の下です。彼女の中で 『愛される事』=『死』 の方程式が無意識で成り立ってしまったのですよ。」 ほぼ無意識で大問題を創る気か?滑稽な話だ。 「ええ、これから、いや、もう既に起こっているはずです。」 もしや…… 「長門の言ってた情報爆発とは何だ?」 「多分ですが、彼女の周りで変化が起きたはずです。」 何だ、それは。いや、俺だって分かってる。 「呪いのナイフがこの世界に発生した。」 「そうです。そして、それを手に入れるのは」 ハルヒか? 「場合によっては、あなたかもしれませんよ。 あくまでも推測ですが。」 俺は何をすれば良い? 長門と朝比奈さんが部室から出てきてこう言った。 「もはや、これは規定事項。あなたは逃れられない。」 マジかよ。 「僕はこれから、機関へ戻り、対策を練ります。あなたは、刃物に極力近づいてはいけない。 もし、手にした場合、すぐに僕か長門さんに連絡を下さい。 絶対に死なないで下さいよ。あなたの死は世界の死ですから。」 古泉は俺達に手を振り、帰って行った。 「朝比奈さん、俺はこれからどうなるのですか?」 「えっと、すみません。これは重大な禁則事項です。 キョン君と涼宮さんの死活は未来に多大な影響を及ぼすはずです。 ですので、ここでは言えません。全てが終わる時、話します。 あっ、だ、大丈夫ですよ。長門さんも古泉君も協力してくれますし、安心して下さい。」 予想通りの答えが帰ってきた。この言葉、逆に不安になる。 「ごめんね。キョン君。」 朝比奈さんは小さな頭を下げ、謝ってくれた。 その仕草は可愛く、それを口で説明する事は出来ないくらいだ。 「私としては、あなたと涼宮ハルヒには生きてもらわないと困る。」 俺だって生きたいさ。 「明日は、あなたと涼宮ハルヒを組ませないようにする。2人っきりの場合が一番危険と思われる。」 あぁ、お願いする。 「何かあったら連結して。」 いつもすまないな。長門。 「いい。」 そこで話は終わり、家に帰る。 家に入ると、妹がシャミセンを抱えながら「おかえりー」などと言っていたが、 生憎、俺の頭は混乱状態で、妹の言葉は右耳から入り、左耳より出て行った。 自分の部屋に入り、ベッドに突っ伏す。 頭がもやもやする。 もしかしたら、俺は死ぬかもしれないんが、実感が沸かない。 この一年間、色々な事が起こり、いくら非現実的な話だろうとも、 たいして気にする事もなく、淡々と受け入れるような性格に成り果てたが、 流石にこれはない。 絶対有り得ない。 「キョンくーん。ごはん。」 もう飯の時間か。着替えて食卓につく。 「キョン君どうしたの?元気無いね。」 「お兄ちゃんはもう直ぐ旅に出るかも知れないのさ。」 「行ってらっしゃーい。」 おお妹よ。何故こんな時に「あたしも連れてって」と言わないのか。 お兄ちゃんは、人生で6番目に悲しいぞ。 失意のまま飯を終え、風呂に入り、自分の部屋に戻る。 着信12件 古泉一樹 リダイヤルする。 「もしもし。」 「やあ、どうも。」 「要件は?」 「そっけない返事ですね。まあいいでしょう。 奇妙な事を発見しましてね。」 どうもこいつの言う奇妙な話には、ろくな話はない。 「言え。」 「連続殺人事件。」 「犯人は?」 「捕まっています。主犯を除いて。」 「複数犯か?」 「個別の単独です。犯人にそれぞれ面識はありません。」 それは連続殺人事件とは言わないだろ。 「ええ、面白い事に共通点があります。 一つは、被害者と犯人はごく身近な存在である事。兄弟、親子、恋人などが該当します。 一つは、凶器が見つからない。 もう一つは、その凶器が全て同じ型のナイフ。 これらの意味が分かりますか?」 「警察は凶器を紛失し過ぎ。」 「ここでボケても褒美はありませんよ。」 電話の向こうで溜め息が漏れる。 「まさか、主犯はナイフで、それは、ハルヒの能力が生んだ産物とでも言いたいのか?」 「ええ、その通りですよ。分かりましたね。これは警告です。」 「明日休んでいい?」 「問答無用で死刑になりますよ?彼女は不機嫌になり、閉鎖空間のデパートです。道は残されていません。」 「お前が神人を退治すれば良い。」 「………」 「どうした?」 「いえ、大丈夫です。僕が助けてあg」 「煩い。」 俺は携帯を放り投げ、眠りにつく。 大丈夫。今までなんとかなったんだ。今回だって…… 夢なら醒めて欲しい。 第二章へ
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2.レトロウイルス それはわかってたさ。倒れた状況、長門の態度、どれを取っても普通じゃない。 おおかた長門の話を聞いた古泉が、先に病院に連絡をしていたのだろう。 「だろうな。とりあえず何が緊急事態なのか教えてくれ」 長門はまっすぐに俺を見据えていった。その表情はわずかに暗い気がする。 「涼宮ハルヒの精神が、浸食されつつある」 浸食? 何かがハルヒに入り込んでいるってことか? 「そう」 それは何だ? そう聞く俺に、長門は表情を変えずに答えた。 「珪素構造生命体共生型情報生命素子」 またその長ったらしい名前か。久しぶりに聞いたよ。未だに全部覚えられないけどな。 あれだな。1年生が終わるってころに阪中が持ち込んだ事件。 阪中の、あの哲学者と同じ名前を持つ何とも愛らしい犬に憑依した存在。 あれと同じか。ウイルス、と定義してたな。 「そう」 「ハルヒも陽猫病にかかったってことか??」 俺はシャミセンの頭に宿っているはずの何かを想像しながら言った。 確か、消し去ることは許可されなかったからそんなことになったんだったな。 だったら、ハルヒもどっかに圧縮保存しておけば治るんじゃないのか? 少し希望が見えた気がした。 「今回はルソー氏と少し状況が違うようです」 笑顔の消えた古泉が口を出した。 お前には聞いてない、と言いたいところだが、長門が説明するより簡単な言葉で話してくれそうだ。 ここは大人しく聞いておくことにする。 「情報生命素子は、どんな珪素構造体にも寄生できるわけではないそうです。 どんなハードウェアにでもインストール出来るOSがないようなものですね」 わかったようなわからないような。それが何の関係がある? 「普通の情報生命素子は、宿主を選択して自分が寄生出来る構造体を選びます。 しかし、今回の情報生命素子は宿主の構造を探索して自分を変化させる能力を 有していた。そうですね、長門さん」 「そう」 長門がわずかにうなずく。 「大気圏突入により珪素構造体は自身の大部分を失った。 情報生命素子は新しい宿主が必要」 長門が後を続ける。 「情報生命素子は涼宮ハルヒの脳神経回路を始めとするネットワークを探索中」 探索? SOS団が週末に行っているあれ──なわけないな。 「涼宮さんの精神は、探索をかけられることによって過負荷がかかっている 状態です。それで他の機能──と言うべき部分に反応出来ない。 それが意識不明という結果です。本能的かどうか、生命維持の部分は 動いているようですが……。パソコンで一度にスペック以上の大量処理を させたときと同じ状態、と言えますね」 相変わらずお前の例えはよくわからん 「探索中に消去を実行した場合、涼宮ハルヒに及ぼす影響は未知数」 「そこでいきなり負荷を除いたらまずいってことか?」 「未知数。避けるべき」 「今回、お前のパトロンは消去には賛成なのか」 長門は軽くうなずいた。 「涼宮ハルヒの観察に支障を来す」 その探索とやらが終わったらハルヒは目覚めるのか? 「探索が終わると更新を開始する」 「更新?」 「涼宮ハルヒの精神が、情報生命素子に書き換えられる」 ──つまり 「目が覚めたとき、彼女は涼宮ハルヒではなくなる」 頭を殴られたような衝撃を受けた。 なんてこったい。ハルヒがハルヒでなくなる? バカな。冗談だろ? あのハルヒが別物になっちまうなんて考えられるか。 『神聖にして不可侵な象徴たる存在、それがSOS団の団長』 そう言っていただろ? ハルヒ。 「大丈夫ですか?」 気がつくと手を握りしめていた。暑くもないのに全身汗をかいている。 「そちらに座ってください。今にも倒れそうですよ」 古泉が指した椅子に素直に腰掛けた。 頭がくらくらする。異常にのどが渇いていることに気がつくと、古泉がコーヒーを差し出した。 「とりあえず飲んで落ち着いてください」 これが落ち着いていられるか? 「すみません」 古泉はあっさり引き下がった。俺も素直にコーヒーを飲むことにした。 「そう言えば朝比奈さんは?」 タクシーに同乗していたはずの彼女が見あたらない。 「涼宮さんのご両親に事情を話して貰っています。 女性からの方がいいと判断しましたので」 確かに、こんな訳のわからない状態で男が一緒だと、何か疑われかねない。 「まさか本当のことを言うわけにはいかんだろうが」 「大丈夫です。彼女は頭を打って意識不明ということにしています」 俺たち全員がその場にいたこと、学校の階段から転がり落ちたことにする、と説明を受けた。 あのときの俺と同じか。しかし何でわざわざ全員いたことにしたんだ? 「貴方と2人きりだと、何か疑われるかもしれません」 本当に抜かりがないな。だが詳細にこだわるとかえってボロがでるぞ。 コーヒーの効果はあったようだ。冷静にこんな会話が出来るほどにはな。 「すまん、古泉。ありがとう」 ここは素直に礼を言った。古泉は驚いた顔をしたが、今日始めてニヤケ面を見せた。 「貴方に素直にお礼を言われるとは」 しかし、直ぐに真顔に戻った。 「長門さん、聞きそびれていたのですが、情報生命素子を消去出来るタイミングは あるのですか」 「今は無理。探索が終了し、更新を開始する直前のみ」 「チャンスは1回ってことですか……」 「更新が開始されると涼宮ハルヒの一部となり、消去とともに涼宮ハルヒの情報も 消去される」 それは大問題だろ。 「私は涼宮ハルヒにつきそう。探索は1週間程度かかるとみられるが、 正確に判断はできない」 そうか。また長門に負担をかけちまうな。 「問題ない。SOS団の保全が私の使命」 俺は少し驚いた。以前は俺とハルヒの保全が使命だと言った。今はSOS団の保全と言い切った。 それだけ、長門にとってSOS団が大切になっているということか。 「長門、すまん、頼む」 今はただありがたい。 「僕たちは学校に戻りましょう」 古泉に促されるが、俺はハルヒについていてやりたい。 「長門さんもおられますし、もうすぐ涼宮さんのお母様も見えますから」 俺は眠っているようなハルヒを見た。精神に負荷がかかっている状態のはずだが、苦しそうには見えない。 そういう表情を表に出す余裕もないということか。 ハルヒ、必ず助けるからな。 心の中でそうつぶやくと、俺たちは病室を後にした。 「キョンくん、古泉くん!」 病院の入り口で朝比奈さんに会った。知らない人を連れているが、ハルヒに似ている。 「こ、こちら涼宮さんのお母さんです」 朝比奈さんが紹介してくれた。 「はじめまして、古泉です」 古泉が頭を下げる。俺も倣って、はじめましてと言って頭を下げた。 「涼宮さんはどうですか」 不安げな顔で朝比奈さんが聞いてきた。 「まだ意識不明です。長門さんがついています」 「そうですか……」 暗い顔でうつむいてしまった。そんな顔は似合いませんよ、と言いたいがそんな場合ではない。 「すみません、俺のせいです」 ハルヒの母親にむかって、俺は頭を下げた。 「え? でも、これは事故でしょう。頭を上げて」 朝比奈さんから嘘の説明を受けているハルヒ母は、そう言ってくれた。 しかし、俺は責任を感じずにはいられない。 今回の事件、俺は最初からハルヒ的変態パワーを疑っていた。 そうじゃなくても、何が起こるかわからない、とわかっていたはずだ。 それにもかかわらず、俺はハルヒがあの隕石に触れるのを止めなかった。 UFOとかそんな物じゃなかったということで気を抜いた。 あのとき止めていれば。せめて長門を呼んでいれば。 俺は今までの経験をまるで役に立てることができなかったじゃないか。 それが悔やまれる。 「失礼します」 俺は言って、その場を去った。 「僕はこれで失礼させて頂きますよ。バイトが入りましたので」 バイト、を強調して古泉が言った。 「閉鎖空間が? こんな状況でか?」 「こんな状況だからですよ」 古泉が深刻な顔をしていった。今日は、いつものニヤケ面をほとんどしていない。 さっきコーヒーの礼を言った一瞬だけだった。こいつに取ってもそれだけ緊急事態なんだろう。 「今回は普通では考えられない程の負荷が涼宮さんにかかっている訳ですから」 なるほど、確かにそうだ。ただ、閉鎖空間を作れるほどの余裕が、むしろないと思っていた。 「それは僕にもわかりません。が、現に今閉鎖空間は発生している。 正直に言いましょう。 既に涼宮さんが倒れてから3回、閉鎖空間が発生して います。 規模も今までにない規模です。何度神人を倒しても、また発生する。 こんな事態は初めてです」 「お前らは大丈夫なのか」 「おそらく、涼宮さんに寄生する素子が除去されるまではこの状態でしょう。 僕も学校には行けないと思います。休憩などの調整も含めて、機関で僕らの スケジュールが埋まっていますから。」 僕ら、と言ったのは、超能力者たちのことか。ご苦労なこったな。 「ええ、しかし後手に回るしかできません。 僕が一番恐れているのは、情報生命素子が涼宮さんの持つ能力に気付くことです。 おそらく情報統合思念体もそれを恐れているでしょう。もう気付いているかもしれない」 そうするとどうなるんだ? 「わかりません。情報生命素子がそれをどう考えるかは長門さんにも解らない そうです。いずれにしても、影響は『更新』が行われた後でしょう」 すべてが未知数か。確かに後手にしか回れないな。 「今は僕にできることをするまでですよ。それでは」 古泉は片手をあげて去っていった。 できることをするまで。そんなことは解っている。でもな。 俺にできることって何だ? そこまで考えて、俺は部室においた鞄に財布を入れっぱなしなことを思い出した。 くそ、学校まで歩かなきゃならんのか。 そう思ったが、見覚えのありすぎる黒塗りのタクシーが俺を迎えてくれた。 俺が自分の無力さに半ば打ちひしがれたような気分で学校に戻ると、2時間目が終わる頃だった。 そのまま部室に鞄を取りに行く。 ハルヒが持っていたはずの鍵を長門が渡してくれていたので、それで部室の鍵を開ける。 俺の鞄と、ハルヒの鞄がそのままおいてあった。ああ、これを届けなくちゃな。 俺にはそんなことしかできないのか。 「……っ」 思わず涙がこみ上げてくる。朝はあんなに元気だったのに。 隕石の落下を目撃して、UFOと決めつけてはしゃいでいた。何ともハルヒらしい。 「ハルヒ……っ」 やばい、今は泣いている場合じゃないんだ。 ──泣いてんじゃないわよ、バカ!!── ハルヒが見たらそう言われそうだ。 いっそ怒鳴りつけられたいね。元気なハルヒに会いたい。 ふと、以前の失われた3日間を思い出した。長門によって改変された世界。 あのときも必死になってハルヒを捜したな。 あのときと違って、ハルヒは病院にいる。 それは解っているのだが、長門の言葉が胸に突き刺さったままだ。 『目が覚めたとき、彼女は涼宮ハルヒではなくなる』 これじゃあの3日間よりタチが悪い。 あのとき、見つけたハルヒは変態パワーこそ失っていたが、あくまでも涼宮ハルヒだったじゃないか。 「畜生……」 授業を終えるチャイムがなり、俺は無力感を引きずったまま部室を後にした。 ふらふらと教室に入ると、谷口と国木田が話しかけてきた。 「キョン、朝は大変だったみたいだね」 「涼宮が怪我するとはな。大丈夫なのか?」 この2人なりに心配してくれているらしい。 「まだ意識は戻らんが、怪我はないらしい」 そう言っておいた。本当のことも言えるわけないし、要らん心配もかけたくない。 「そうか、お前も元気出せよ」 そう言って自分たちの席に戻っていった。俺はそんなに顔に出ていたのか。 思わず苦笑した。 3.役割へ
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もしハルヒが日記帳、もしくはブログなんかを日々つけていたとしたらどんな文章を書いているのか、まぁ確かめる術はどれだけ権謀術数を極めてもゲーデル命題の如く不確定の問題として終わりを告げてしまうのだろうが、まぁここは読者の特権、言論の自由がブラウン運動並みに行き交うこのブログ空間に、徒然なるままに載せてみようかとか考えた末の、結実した成果がこれである。 キョンなら何と言うだろうか?全く悪趣味なことを考えやがる、とこれを唾棄するのかもしれないが、本当にあるなら見てみたい気がする、と彼の中で悪魔の囁きが首をもたげかけたあたりで、古泉にその心情を見抜かれ、「あなたが見せて欲しいと言えば、見せてくれるんじゃないですか?あなたがたは理想形といっても良いくらいの信頼感で、結ばれているのですから」などと保険会社の営業担当者並みの笑顔を浮かべながら訳知り口調で口走り、タダほど怖いものは無いということの証明となりそうなスマイルだなと、キョンが感想を心の中で一人ごちることだろう。 そんなこんなで、キョン口調を真似た一読者のお送りする『涼宮ハルヒの回想』。挿絵も全く無く更に横書きなため読みづらいことこの上ない感じで、誰にも気取られずにスタート! 『涼宮ハルヒの回想』 あたしはよく、寝る前にふと見慣れた天井を見つめながら考え込む癖があった。最近はもうないけれど、去年の今ごろ、北高に塾に行かず独力で合格してから、周りの本当につまらないクラスメイトたちのお別れ会とかいう互いの思い出作りに奔走する、本当にくだらない集まりに行くのも当然断って、ただ、ひたすら何も起きずに中学生が終わっちゃったことへの後悔と、これからあの北高に行くことへの少しの期待感とが混じり合った、感傷にも似た感情を抱いていた三月の下旬頃は、よく、こんなことを考えてた。ていってもそれは、その時まで考え通しだったことをまた、同じように繰り返していただけだったんだけど。 このまま何も起きずに、変な出来事、宇宙人、異世界人、未来人、幽霊、妖怪、なんでもいいのよ、面白そうなものと何も出会わずに、それなりに人生を歩んで、つまり大人になって、定番の家族ドラマみたいに安定した家庭を築かされて、やることと言えば誰かの世話、日常の人間関係の保全、公私問わず社会が押し付けてくるその他諸々の義務、普通の人が普通にやらなきゃいけないこと・・そういった本当につまらないこと、別にあたしでなくても良いような物事しか経験しないで人生を終えるようなことがあったらどうしようって、ほんと、いつものように焦ってた。焦りの気持ちが心の中で一定量を越えると、あたしは布団の中にうずくまって、早く眠りにつこうとした。夢の中くらいでしか、あたしが触れ得る非日常らしい世界が待っていないことを、どこかで知っていたからなのかもしれない。早く寝てしまおう、寝て起きたら、いつのまにか現実が夢に置き換わっていて、もしかしたらあたしのところにも変な出来事が訪れるかもしれないって。今日も何も無かったことの苛立ちを、夢の中で晴らそうって、考えるようになっていたのかもしれない。 そうした夜はいつものようにやってくるし、朝はまた相変わらずの顔で今日も元気に人生を過ごそうと励ましてくる。外へ出ても拡がっているのは、次元断層の隙間なんて1ミクロンもない当たり前の世界、平凡な日常。空を見てもアダムスキー型UFOの群体なんて飛んでないし、ただ、どこかの唱歌の歌詞にありそうな「雲ひとつなく晴れ渡る青空」が、のっぺりとした顔で眼前に広がっているだけ・・。あたしじゃない誰かの元に、ちっとも普通じゃない、とっても面白い出来事が天賦人権のように与えられている代わりに、あたしのところには安全で、安定した、時間の相対性なんて微塵も感じさせないような絶対的で堅牢な平和が、要りもしないのに日々あたしの上に降り注いでくる。あたしの中学生活の三年間は、そうした絶対的秩序と言う刑務所からの大脱走のために、そのほとんどを費やされてきたって言っても、ほんと、言い過ぎじゃないわね。それくらいに、あたしは「いろんなこと」をやっていたから。ネットで評判になってた、一枚ウン千円もする霊験あらたかなお札を、親父に小遣い前借りして三ダースほど購入して、教室の窓全てに貼ってまわったり、七夕の日に校庭で、「あたしはここにいる」って意味の、地球外生命体にも見えるくらい大きな絵文字を石灰で描いてみせたり・・。そう、このとき、校庭にやってきた男・・あれ、何て名前だったっけ?・・北高の制服を着た、あたしの絵文字製作事業を手伝ってくれた男が、あたしの中で唯一の「おもしろいこと」への鍵だった。あいつは未来人、宇宙人、超能力者、異世界人について、何故だか知らないけれど知っているように思えた。ただ、あたしみたいな中学生のくだらないたわ言を、そこらへんのくだらない大人やクラスメイト達みたいに言葉面の上で同意しておいてあたしのことを避けるような態度には、少なくとも思えなかった。 なにより、あたしの本当に端から見たらばかげてる絵文字製作を、あの男は無駄口叩きながら、でも、真剣に手伝ってくれた。あたしは最初、手伝ってくれるとは思っていなかった。当然でしょ?いきなり誰だかわからない女の子に、そんなことを手伝えっていわれたら、普通は親御さんを探すか、家は何処かとか、聞いてくるはずよね。もしくはあたしの言葉に苦笑いして、じゃあねと手を振るか、そんなことしても変わるわけない、宇宙人なんて、NASAの丁稚上げで、未来人に至っては、ネタ的に面白いから、小説の物語を進めるためのファクターとして流行しただけなんだよって、日常的な言説を持ち出して説教したりするのが、考えうる一般の人の対応だと思うの。 あの男は、あたしの言葉を受け止めるのでもなく、説教するわけでも、話題をそらすわけでもなくて、ただ一緒に、世界を変える行動を手伝ってくれた。それがあたしにとっては、一番嬉しかったことだった。 あたしは、世界が面白くなる行動を起こすんだって思っていた。世界に、あたしはここにいるんだって、訴えたかったのよ。でも・・もしかしたら、世界に訴えたかったんじゃなくて、ただ、誰かと一緒に、「何か」をしたかっただけなのかもしれない。「あたしの世界」は、あたしだけじゃ変わらない、誰かと一緒に、何かをやることで面白くなるのかもしれないって、あの数十分間の間に、少し思った。 それが、SOS団を作る素地になっていたのかも・・しれないけど、 よくは分からないわ、北京で蝶が羽ばたいたからなのかも、しれないしね。 あのときの感じを、信頼してよかったなって、ほんと、今なら言える。あのときの感触を信じて、わざわざ山の上にある県立の普通レベルの北高にいったからこそ、あたしは萌え記号の塊みたいなみくるちゃんに会えたし、無口キャラで眼鏡っ娘の有希とも会えた。入学してまもなくの五月に転校してきた謎の転校生の古泉くんとも、北高に行ってなかったら会えるわけも無かっただろうしね。まぁ、キョンは別になんでもないんだけど、あいつがぐだぐだ垂れた説教が無かったら創部っていう手段を考え付かなかったかもしれないし、SOS団結成も無かったのかもしれない・・なんていうのは、ちょっと、いえ、かなり誉め過ぎね、キョンはただの団員、それ以上でも以下でもないんだから。SOS団が結成されたのは必然なのよ、シュレーディンガーの猫みたいに観測者の存在なんかで確率論に堕さない、これだけは変わらない、唯一つの真実なの!神様がサイコロを振ろうともね! ――三月下旬、SOS団団長涼宮ハルヒ、記す。